2013年9月13日金曜日

脚色 「無口な手紙」 向田邦子



随筆「無口な手紙」向田邦子  脚色

         

向田敏雄 向田邦子の父 四十歳 

向田せい 敏雄の妻   三十八歳

向田和子 敏郎の三女  七歳

向田保雄 敏雄の長男  十三歳

向田邦子 敏郎の長女  十六歳

疎開先の婦人、学童

 

 

 

東京大空襲

燃える家屋

逃げ惑う人

焦土と化した東京

ST(スーパーテロップ)「東京大空襲

昭和二十年三月十日」

 

邦子の声「今までに一番心に残る手紙といわれると、戦争末期に末の妹が父あてに出した何通かの手紙ということになる。東京空襲が激しくなり……」 

 

向田家・六畳間・夜

敏雄、暗幕を垂らした電灯の下で何枚も同じ宛名を書いて机に積み  
上ている。

ハガキの一枚、ズームアップ     

 

 

 

テキスト ボックス: 東京都目黒区
中目黒四丁目九十二番地
向 田 敏 雄   行
 


ハガキの山ができると、和子を呼ぶ。

   和子、来る。

敏雄「和子、いよいよ明日だ。明日になったら、友達と一緒に甲府という所に行くんだよ」

和子「……

敏雄「向こうへ行ったら、(ハガキを一枚取り)このハガキに、元気な時は大きい丸を書いて出しなさい。毎日必ず出すんだよ」

和子「はい、わかりました」

   せい、着替え、ハガキの束、「向田和子」と書かれたドンブリ等をリュックに入れる。

 

疎開先の学校・教室

   国防婦人会の婦人が約八十人の学童のドンブリにお汁粉をいれている。

   和子、学童と共に嬉しそうに食べる。

 

寄宿している寺・大部屋・夜

学童、枕を並べて寝ている。

和子、枕元でカバンからハガキを出して赤で、濃く大きく丸を書く。

 

向田家・夜

   敏雄、帰宅。

せい「おかえりなさい。和子からハガキが来ています」

敏雄「おお、来たか」

   敏雄、六疊間に行き、食卓の上に置いてあるハガキを手に取って、思わず微笑む。

大きな丸が書かれたハガキ、アップ

丸が和子の笑顔と重なる

 

疎開先の学校・教室など

XXX(フラッシュ)

・学童、教室の掃除

・和子、廊下の雑巾がけ

・授業風景 

・和子、暗い顔で学童と一緒に夕食

XXX

 

寄宿している寺・大部屋・夜

和子、枕元でハガキに小さな丸を書く 

 

向田家・六疊間・夜 

敏雄、食卓の上のハガキを取って見つめ

る。

小さな丸が書かれたハガキ、アップ。

 

疎開先のお寺・大部屋・夜

和子「(窓から月を見て)……おかあさん」

和子、ハガキに小さな丸を書く。

 

向田家・庭・夜

敏雄、月を見ている。

 

向田家・六疊間・夜 

敏雄、食卓の上のハガキを取って見つめる。                

小さな丸が書かれたハガキ、アップ。

丸が和子のさみしそうな顔と重なる。

柱に掛かっている四月の日めくりがめ

くれていき、小さな丸を書いたハガキが

次々に食卓に置かれていく。

 

疎開先の寺・大部屋・夜

ST「二ヶ月後」

和子、咳き込みながらハガキにXを書く。 

 

向田家・六疊間・夜 

敏雄、食卓の上のハガキを手に取る。

Xと書いたハガキ、アップ。

ハガキ、和子の泣き顔と重なる。

敏雄、ハガキを見つめて呆然と立つ。

日めくりがめくれていき、Xと書いたハ

ガキが次々と食卓に置かれていく。

 

向田家・六疊間

敏雄、せい、邦子、保雄、食卓を囲み、

座っている。

ST「三ヶ月後」

 

敏雄(せいに)「今日で六日もハガキが来てないが、和子が心配だ。明日、和子を引取りに行ってくれないか」

せい「ええ、病気かもしれませんね」

 

向田家・玄関前・夜

   保雄、せいと和子を待っている。

   せい、和子をおんぶして歩いて来る。

保雄「帰ってきたよ!」 

   邦子と六疊間にいた敏雄、裸足のまま玄関から飛び出し、和子を抱きかかえ大声で泣く。邦子そばで見ている。

 

邦子の声「父は妹を抱きかかえるようにして号

泣した。私は大人の男が声を立てて泣くのを

初めて見た」

                         終     

四百字詰原稿用紙六枚
 
 
 
 
 

 

 

 

2013年8月28日水曜日

海から拾った猿


 英国帆船、サマンサ号船長 (五十七歳)

一等航海士           (五十歳)

二等航海士           (四十八歳)

水夫数人

 
○おだやかな海

一千トンの帆船が航海している。

 

文字スーパー

「一九〇九年、英国船サマンサ号」

 

イメージ

地図上で、帆船がモザンビーク海峡を北方に航海している。

 
○荒れ狂う海・夜

サマンサ号、暴風雨に見舞われている。

 

○同・甲板・早朝

二人の水夫、手すりにもたれかかって海を見ながら
 
水夫1「ひどい嵐だったなぁ」

水夫2「ああ、もうダメかと思ったよ」

   丸太が海に漂流している。

水夫1「何だ、あれは」

水夫2 「丸太だ。丸太に何か、しがみついてるぜ」

   丸太に猿がしがみついている

船長、双眼鏡で丸太を見ている。

船長「猿だ。減速投錨! 助けてやれ」

水夫達、ボートをおろして猿を救助する。

水夫3、猿を抱きかかえて船に戻る。

猿、水夫の手から飛び降りてマストに登る。 

 
○甲板・夕方   

   水夫達、マストのてっぺんを見ている。

   猿が最上位の帆の横木にいる。

水夫4「迷惑な奴だ。キャーキャー鳴くし、小便ひっかけるし」

水夫5「でも、愛嬌あるよ」

 
○船長室

二等航海士「船長、船員が猿に気を取られて、仕事に身が入りません。いっそ処分してはどうでしょう」

一等航海士「何言ってるんかね。君は動物愛護精神をなんと心得ているのか」

二等航海士「だからと言って、このまま猿を放置するわけにはいかないでしょう」

一等航海士「だからと言って、猿を殺していいというのかね」

   船長、腕組みをして窓の外を見つめている。

二等航海士「船には動物を乗せてはいけないという規則がありますが」

一等航海士「それは出航の時だ。この猿は救助したんだ、船長命令で。規則には当てはまらないね」

二等航海士「しかし、みんな気が散って、仕事になりませんよ。船長、何とかして下さい」

   船長、窓の外を見つめている。

 

○甲板・マストの下

バナナが山盛りに積んである。

猿、マストから降りてきてバナナを食べる。

    水夫、網で猿を捕獲し、檻に入れる。

  船長、檻のそばに行き、猿を見る。

猿、船長の目を見て

猿「(声)船長さん、お願いです、殺さないで下さい」

   船長、猿から目をそらし、考え込む。

 

○甲板

猿、マストにつながれて猿回しの猿のように動いている。

水夫達、猿を円陣に囲み騒いでいる。

 

○船長室

二等航海士「船長、みんな仕事をしないで猿と遊んでますよ」

一等航海士「息抜きも大事だよ。心配無用だ。連中、すぐ飽きて、相手にしなくなるから」

   船長、窓の外を見つめている。

 
○甲板・猿の檻の前・夜明け

   船長、檻に両手を突っ込み、猿の首を締めている。
   あちこち引っ掻かれる。

   一等航海士、二等航海士と数名の水夫、何事かと甲板に出てきて、両者を遠巻きに見ている。

船長、ぐったりした猿を檻から出して、海に投げ込む。

                         

                   終

”Letters from the Samantha” by Mark Helprinを脚本化した。

2013年7月29日月曜日

赤飯


赤飯  


 

登場人物

 安藤宏  無職  (六五歳)

 安藤郁代 宏の妻 (六十歳)

 遠藤 遠藤内科医院院長(六十七歳)

 一柳 名大病院循環器系医師(四十歳)

 

○安藤家・居間・夜

   宏と郁代がテレビを見ている。

   テレビ画面では、老年夫婦が赤飯を食べている

   宏、テレビを見ながら

宏「俺も赤飯食べたいな」

郁代「何言ってるのよ、赤飯はおめでたい時

に食べるのよ」

宏「それもそうだが……」

 

○遠藤内科医院・診察室

   遠藤、コンピューター画面で心電図のグラフを見ながら

遠藤「うむ、こりゃひどい。心拍が相当乱れて

ますな。こりゃ危ないですよ。すぐ手術をし

なきゃ」

宏「えっ、手術ですか」

遠藤「ええ、でも内ではできませんので、名

大病院か日赤病院に行って下さい」

宏「えっ、そんなに悪いんですか。ここまで地

下鉄で来れたんですが」

遠藤「議論している場合じゃないですよ。な

 んなら、救急車を呼びましょうか」

宏「えっ、明日の朝ではダメですか。女房に

話して、それで、あのぅ、日赤に行きます」

遠藤「じゃあ、紹介状を書きますから、朝一番

 に行って下さいよ」

 

○宏の自宅・居間・夜

宏と郁代がお茶を飲んでいる

郁代「そんなに悪いの?」

宏「うん、遠藤病院では見れないそうだ」

郁代「それで、その手術って、大丈夫? 失敗

したらどうするのよ」

宏「それはないよ」

郁代「わかるもんですか。それより、宏一に言

った方がいいかしら」

宏「何を」

郁代「お父さんが心臓手術だって」

宏「お前、心配しすぎだよ」

 

○宏の自宅・寝室・夜

置時計が午前2時を示している。

宏、天井を見ている。隣で郁代が眠っている。

○葬式場面(イメージ)

宏の遺体が入っている棺の周りで遺族が

泣いている。

 

○宏の自宅・寝室・夜

宏、寝返りをうつ

  

○日赤病院・循環器系診察室

  一柳、心電図を見ながら

一柳「ああ、これなら、手術しなくてもいいです。薬で抑えられますから」

宏「ええっ、手術しなくていいんですか」

一柳「ええ、しなくていいですよ」

宏「ホントですか。ああ良かった。死ぬかと思ったんですよ」

 

○日赤病院・待合室

宏、携帯電話を郁代にかけている

宏「だから、本当に手術しなくていいんだよ」

郁代「ホントなのね、ホントなのね」

宏「だから、ホントだって」

 

○宏の自宅・夕方

   宏、居間でテレビを見ている

郁代「あなた、ご飯よ」

宏「ああ、いま行くよ」

宏、食卓に近づく。

郁代、食卓に座っている。

食卓の上には 茶碗に山盛りになった赤

飯が置いてある。