2014年4月20日日曜日

 マッチに浮き上がる顔 脚本


    マッチに浮き上がる顔  

 

マデリン・ニクルビー 洗濯女、ナンシーの実母    46 56

ナンシー・ニクルビー 救貧院孤児、

後に歌手 10 20 30

フランク・チャリブル ナンシーの養父60 70ラルフ・スクイアーズ 救貧院所長   47 57

ローズ・スクイアーズ ラルフの妻   48 58

ロンドン繁華街通行人二名

 

救貧院の玄関前・夕方

   ST ロンドン 一八三八年

   幼児を抱いたマデリンが決心したように幼児を玄関前に置いて立ち去り、道の反対側で幼児を見守る。

ローズが玄関から外に出てくる

ローズ「いやだね、捨て子だよ」

   ローズ幼児を拾って、幼児の衣類を改める。

ローズ「手紙が入ってるよ。えっと『この子を育てることができません。後生です。育ててやってください。お願いします。名前はナンシーと名づけました』だって」

   ローズ救貧院の中に入る。

   マデリンは手を合わせて拝み、涙ながらに立ち去る。

 

○ロンドン・繁華街・夜

   ST 八年後

クリスマス風景。雪が降っている中、ナンシーがマッチを売っている。

ナンシー「マッチはいりませんか。マッチはいりませんか。おじさん、マッチ買って下さい」

通行人1「いらないね」

ナンシー「ひと箱でもいいから買って下さい」

通行人「いらないと言ってるだろ」

   通行人、立ち去る。

ナンシー「マッチはいりませんか。おばさん、マッチ買ってください」

通行人2「いらないよ」

ナンシー「ひとつだけでも買ってください。売れないとお父さんに殴られるの」

通行人2「いらないものは、いらないよ」

   雪が激しくなり、ナンシーは道端で寒さで震える。しばらくして、マッチに火をつける。顔が照らし出される。マッチの火に手をかざす。馬車が通りかかる。馬車に乗っていたフランクが照らし出されたナンシーを見て、馬車を止めさせ、降りる。

ナンシー「おじさん、マッチ買ってください」

フランク「全部買ってあげよう。お嬢ちゃん、どこに住んでるの」

ナンシー「救貧院だよ。どうして」

フランク「じゃあ、家まで乗せていってあげよう」

ナンシー「ほんと! ありがとう」

 

○救貧院玄関前

   馬車からフランク、ナンシー降りる。

 

○救貧院・事務室

   椅子にラルフとローズが座り、机の反対側にフランクが座っている。

フランク「ナンシーちゃんは亡くした孫にそっくりなんです。是非、私の養女にしたいのです」

ラルフ「そりゃ、結構な話ですが、何しろ、ここまで育てるのに苦労しましたからね」

フランク「勿論、ご希望通りの額をお支払いします」

   ラルフはローズに目配せする。ローズは指を一本立てる。

ラルフ「それじゃ、一〇〇ギニーで」

フランク「分かりました」

   フランク、財布を取り出す

ローズ「ちょっと、あなた一〇〇ギニーなんて、わたしが食べさせ、洗濯し、大事に大事  

に育てた子がたった一〇〇ギニーですって、ここは二〇〇ギニー貰わなくっちゃ」

フランク「それじゃ、二〇〇ギニーで」

 

○馬車の中

   フランクの傍らにナンシー。

フランク「今日から、私がお前のおじいさんだよ。救貧院では苦労したろうね」

ナンシー「もう、殴られたり、ご飯抜きなんてないのね」

フランク「ああ、金輪際ないよ。これからは何でも好きなことをしていいよ」

ナンシー「何でも? じゃあ、歌をいっぱい歌いたい」

フランク「歌が好きかい。じゃあ、音楽学校に通わしてあげよう」

 

○ロンドン・ピカデリー劇場

   ST 一〇年後

   ナンシーが歌っている。満員の聴衆

 

○ロンドン・街路

   マデリン、道端の新聞を拾って読む。

マデリン「えっと『ナンシー、初舞台大成功。天才歌手誕生!』だって、まさか私の……。『ナンシーはスクイアーズ救貧院で育ち、マッチ売りをしていたが、フランク・チアブル氏の養女となり、王立音楽アカデミーを主席で卒業……』私の子に間違いない。会いたい。会わなくっちゃ」

 

○救貧院・食卓

ローズ「おまえさん、新聞読んだかい、あのナンシーが立派な歌手になったよ」

ラルフ「ああ、もっと高く売り飛ばせばよかったな」

ロース「今から、押しかけて寄付金をもらおうよ」

 

○フランク邸・応接間

   フランクとニクルビー夫妻が話している。

フランク「いまさら、もっとお金を出せと言われても、困りますね」

ラルフ「いや、そういうことじゃないんです。あれは、あれ。今日は寄付をお願いに上がりましたので」

執事が来客を告げる。

フランク「ああ、すぐ終わるから、隣の部屋で待たせておいてくれないか」

 

○フランク邸・廊下

   執事、マデリンを隣の部屋に案内。マデリンは部屋を抜け出し、隣のドアから中の話し声を聞く。

 

○フランク邸・応接室

ローズ「その上、ナンシーが五歳の時、重病にかかりましてね、それは、それは莫大なお金が掛かったんですよ。治ってからは、大事に、大事に育てたんですよ」

フランク「でも、マッチ売りをさせたじゃないですか」

ラルフ「それは、社会勉強でして」

フランク「毎日のように何度も殴ったそうじゃないですか」

   マデリンが応接間の扉を開けて入る。

マデリン「ナンシーをぶつなんて、ひどい。あんな可愛い子を」

フランク「あなた、一体なんですか」

マデリン「ナンシーの母です」

ローズ「何を今更、母ですって。ナンシーを捨てておいて。よくもずうずうしく」

ラルフ「お前も金をせびりに来たんだろ」

   ローズ、ラルフを睨む

マデリン「いえ、ただナンシーに会って、立派になったねって言いたいだけなんだよ」

ローズ「よくもまあ、ぬけぬけと、恥知らずが」

マデリン「フランクさん、ナンシーに会わせてください。どうしても会いたい。この胸に抱きたい。この二十年間んどんな思いをしたか」

   ナンシーが応接室に入ってくる。

フランク「ナンシー、お前」

ナンシー「お話は全部聞きました。私を捨てたあなたには母親の資格がありません。帰ってください。それから、スクイアーズさん、お金をせびりに来るのは止めて下さい。あなた方の顔も見たくない。お帰りください!」

   スクイアーズ夫妻帰る。

マデリンは帰ろうとしない。

マデリン「ナンシー、ごめんなさいね。お母さんを許しておくれ。この通り。お母さんを許しておくれ。わたしが悪かった」

マデリン、ナンシーの手にすがる。ナ

ンシー、マデリンの手を振り放す。マ

デリン、「ナンシー」と何度も呼びなが

ら振り返り、振り返り、帰る。

ナンシーの目にうっすら涙。

 

○ロンドン・繁華街・夜

   ST 一〇年後

クリスマス風景。雪降りの中、マデリン

がマッチを売っている。

マデリン「マッチはいりませんか。マッチ。マッチはいりませんか」

   誰も買わない。吹雪になる。

   マデリン、道端に座り込む。寒さに震えている。マッチをこすって暖まる。何度もマッチを擦る。顔が暗闇に浮き上がる。唇が真っ青。

馬車が通りかかる。乗っていたナンー

はマッチの光に照らされたマデリンを

見て、

マデリン「お母さんだ」

ナンシー、馬車を止めて降りる。

ナンシー「おばさん、マッチを全部買ってあげるよ。それからお家まで送ってあげましょう。さあ、馬車に乗って下さい」

マデリン「どなたか存じませんが、ありがとうございます」

 

○馬車の中

   マデリン、ナンシーの顔を見て

マデリン「ああ、あなたは、ナンシー。ナンシーね。夢じゃないだろうね」

   マデリン、ナンシーに抱かれて息を引き取る。

                   終

涙の答辞



涙の答辞 脚本
 
富樫 歩  18 高3生

富樫冨美江 45 歩の母

後藤武雄  53 歩の担任(国語教師)

教頭、医師、看護師、親族      

 

○北川高等学校・国語研究室

悟と後藤が机を挟んで座っている。

後藤「答辞は大体のパターンがあるんだ」

悟「パターンって?」

後藤「まず校長や来賓、それから送辞に対する礼を言う。で、次に思い出を披露する」

悟「思い出って?」

後藤「部活とか授業とか修学旅行とかさ」

悟「はい」

後藤「次は世の中が抱えている問題に触れ、それに対する君の姿勢だね。ここは自由に意見を言えばいい」

悟「分かりました」

後藤「後は先生や親御さんへの感謝の気持ちを言って、最後に、後輩への花向けの言葉だ」

悟「分かりました」

後藤「じゃあ、明日書いて持って来なさい」

悟「はい。ありがとうございました」

 

○病院・病室・夕方

   ベッドに冨美江が座っている。

悟、入室

悟「お母さん、どう?」

冨美江「ああ、よく来たね」

悟「今日学校でね、僕が答辞を読むことになったよ」

冨美江「そう。大役ね。お母さん、卒業式に出られなくて、ごめんね」

歩「それより、早く良くなってね」

冨美江「ええ、でも、わたし、もうあまり長くないみたい。お前が結婚するまでは生きていたいよ」

悟「何言ってるの、冗談はやめてよ」

冨美江「それで、答辞は出来たの?」

悟「うん、明日先生に見てもらう」

冨美江「そう。いい答辞になるといいね」

悟「うん」

 

○病院の診察室

   悟と医師、椅子に座っている。

医師「誠に残念ですが、お母さんは、あとせいぜい二ヶ月かそこらです」

悟「あの、白血病って、治らないのですか」

医師「残念ながら、今の医学では……」

 

○北川高等学校・教室・放課後

   悟が教壇で原稿用紙を読んでいる。 

後藤が生徒の座席に座っている。

机の上にメモ用紙と書類入れの箱。

悟「……最後に、在校生諸君、私たちは今卒業していきます。北川高等学校の伝統のトーチは諸君に手渡します。この瞬間から北川高等学校の伝統を守り、発展させるのは諸君です。健闘を祈ります」

後藤「うむ、上出来だ。いいよ」

   悟、後藤に原稿用紙を見せる。

後藤「ここね、『来賓の祝辞をもらい』じゃなくて『ご来賓の方々のご祝辞を頂戴し』だ。あと、修学旅行の思い出が長すぎるよ。ここから、ここまではカットしたほうがいい」

 

○運動場

サッカー部員が練習をしている

 

○北川高等学校・教室

後藤「よし。これでいい。じゃあ、今から巻紙に清書しなさい」

   後藤は書類入れから巻紙と筆ペンを取り、悟に渡す。

 

○病院・病室・夕方

   ベッドに寝ている冨美江のそばに悟。

悟「お母さん、答辞できたよ、そら」

   答辞を冨美江に渡す。

   冨美江、手にとって答辞を見る。

冨美江「立派なのができたね。大きな声で読んでね」

悟「うん、お母さんのところまで聞こえるように読むよ」

冨美江「頑張ってね」

悟「お母さんもね」

 

○北川高等学校・講堂

   正面玄関脇に「卒業証書授与式会場 午前十時から」という立看板

 

○病院・病室

   冨美江、ベッドに寝ている。そばに背広姿の悟。病室の時計は九時。

悟「式が終わったらすぐ戻るよ」

冨美江「立派に、やってよ」

悟「うん」

 

○道路

   自転車に乗っている悟。

   自転車が倒れ、鞄が道路脇の溝に落ちる。

鞄を拾って答辞を取り出す。泥だらけでぐしょ濡れ。自転車が破損して動かない。悟、足をひきずりながら走り出す。ズボンが破れ、手から血が流れている。

 

○北川高等学校・講堂へ通ずる廊下

   卒業生が二列縦隊で並んでいる。後藤や数名の先生、隊列の最後。

後藤、腕時計を見る。九時五十分。

後藤(M)「どうしたんだ。遅いなぁ」

   後藤の携帯電話が鳴る

後藤「悟か。どうしたんだ。分かった。あと十分だ。巻紙は用意するから」

   後藤、職員室に走り、書類入れから巻紙を取って広げ、適当な長さに切り、丸めて持って隊列に戻る。

 

○講堂

  壇上中央に校旗。校長や来賓、着席

 

○講堂・廊下

   悟が後藤のところに来る。

悟「すみません、遅れました」

後藤「良かった。間に合った。いいか、白紙の巻紙だが、ぶっつけ本番でいけ」

悟「はい」

 

○講堂

   教頭、最前列座席の端近くに立つ。

教頭「只今から、北川高等学校、第三十五回卒業証書授与式を行います。卒業生、入場」

   卒業生、拍手で迎える在校生の間を通って順に前から着席。

教頭「それでは、ご来賓の方から祝辞をいただきます。育友会会長、長縄武史殿」

 

○病院・病室

   冨美江、酸素マスクをしてぜいぜい呼吸し、ベッドに横たわっている。周りに親族三人、医師、看護師見守る。

心電図の心拍グラフ、弱々しい波。

 

○講堂

教頭「答辞、富樫悟君」

   悟、壇上に上がり、校長に礼をして胸ポケットから巻紙を取り出し、広げる。何も書いてない(アップ)。

悟「只今は、来賓の方々や校長先生のご祝辞、並びに心あたたまる送辞を頂きまして、ありがとうございました。思い出せば、三年前……」

 

○病院・病室

   冨美江、酸素マスクをしている。周りに親族、医師、看護師。

心電図の心拍グラフが次第に一直線

 になり、脈が止まる。

医師が冨美江の目にライトを当てる。

医師「ご臨終です」

 

○講堂

悟「先生方の暖かいご指導のもと、このように卒業できることになりましたことを心より感謝致します。そして、忘れてはならないのは、ここまで育ててくれた親の苦労です……」

   悟、ここでぷつりと黙り、じっと巻紙を見て、泣くのをこらえている。

   後藤、卒業生、保護者の心配顔。

悟「私の……。僕の母は白血病です……。もう一、二ヶ月の命です」

   後藤の驚く顔。

悟「つい三日前、見舞いに行ったときお母さんは『お前の結婚式までは生きていたいね』と言ってました。結婚式までは無理でも、今日の晴れの卒業式には来てもらいたかった。そして、(泣き声で)今日ここで母の苦労に労いの言葉をかけたかったです。お母さん、今まで、ありがとう。立派に育ててくれました」

 

○講堂・二階・保護者席

  母親達が泣いている。

 

○講堂・壇上前

悟、しばらく黙ってから

悟「取り乱して、申し訳ありませんでした。(間)さて、(気を取り直した声)最後に、在校生諸君、私たちは今卒業していきます。北川高等学校の伝統のトーチは……」

 

○病院正門

   正門を入る悟、手に卒業証書。

XXX

悟「最後に、在校生諸君の健闘を祈ります。平成二十六年三月一日 富樫悟」

同時に割れんばかりの拍手

XXX

 

○病院の廊下

   悟、廊下を早足で歩き病室のドアを開けながら、

悟「お母さん」

                                                

               おわり