2014年4月20日日曜日

涙の答辞



涙の答辞 脚本
 
富樫 歩  18 高3生

富樫冨美江 45 歩の母

後藤武雄  53 歩の担任(国語教師)

教頭、医師、看護師、親族      

 

○北川高等学校・国語研究室

悟と後藤が机を挟んで座っている。

後藤「答辞は大体のパターンがあるんだ」

悟「パターンって?」

後藤「まず校長や来賓、それから送辞に対する礼を言う。で、次に思い出を披露する」

悟「思い出って?」

後藤「部活とか授業とか修学旅行とかさ」

悟「はい」

後藤「次は世の中が抱えている問題に触れ、それに対する君の姿勢だね。ここは自由に意見を言えばいい」

悟「分かりました」

後藤「後は先生や親御さんへの感謝の気持ちを言って、最後に、後輩への花向けの言葉だ」

悟「分かりました」

後藤「じゃあ、明日書いて持って来なさい」

悟「はい。ありがとうございました」

 

○病院・病室・夕方

   ベッドに冨美江が座っている。

悟、入室

悟「お母さん、どう?」

冨美江「ああ、よく来たね」

悟「今日学校でね、僕が答辞を読むことになったよ」

冨美江「そう。大役ね。お母さん、卒業式に出られなくて、ごめんね」

歩「それより、早く良くなってね」

冨美江「ええ、でも、わたし、もうあまり長くないみたい。お前が結婚するまでは生きていたいよ」

悟「何言ってるの、冗談はやめてよ」

冨美江「それで、答辞は出来たの?」

悟「うん、明日先生に見てもらう」

冨美江「そう。いい答辞になるといいね」

悟「うん」

 

○病院の診察室

   悟と医師、椅子に座っている。

医師「誠に残念ですが、お母さんは、あとせいぜい二ヶ月かそこらです」

悟「あの、白血病って、治らないのですか」

医師「残念ながら、今の医学では……」

 

○北川高等学校・教室・放課後

   悟が教壇で原稿用紙を読んでいる。 

後藤が生徒の座席に座っている。

机の上にメモ用紙と書類入れの箱。

悟「……最後に、在校生諸君、私たちは今卒業していきます。北川高等学校の伝統のトーチは諸君に手渡します。この瞬間から北川高等学校の伝統を守り、発展させるのは諸君です。健闘を祈ります」

後藤「うむ、上出来だ。いいよ」

   悟、後藤に原稿用紙を見せる。

後藤「ここね、『来賓の祝辞をもらい』じゃなくて『ご来賓の方々のご祝辞を頂戴し』だ。あと、修学旅行の思い出が長すぎるよ。ここから、ここまではカットしたほうがいい」

 

○運動場

サッカー部員が練習をしている

 

○北川高等学校・教室

後藤「よし。これでいい。じゃあ、今から巻紙に清書しなさい」

   後藤は書類入れから巻紙と筆ペンを取り、悟に渡す。

 

○病院・病室・夕方

   ベッドに寝ている冨美江のそばに悟。

悟「お母さん、答辞できたよ、そら」

   答辞を冨美江に渡す。

   冨美江、手にとって答辞を見る。

冨美江「立派なのができたね。大きな声で読んでね」

悟「うん、お母さんのところまで聞こえるように読むよ」

冨美江「頑張ってね」

悟「お母さんもね」

 

○北川高等学校・講堂

   正面玄関脇に「卒業証書授与式会場 午前十時から」という立看板

 

○病院・病室

   冨美江、ベッドに寝ている。そばに背広姿の悟。病室の時計は九時。

悟「式が終わったらすぐ戻るよ」

冨美江「立派に、やってよ」

悟「うん」

 

○道路

   自転車に乗っている悟。

   自転車が倒れ、鞄が道路脇の溝に落ちる。

鞄を拾って答辞を取り出す。泥だらけでぐしょ濡れ。自転車が破損して動かない。悟、足をひきずりながら走り出す。ズボンが破れ、手から血が流れている。

 

○北川高等学校・講堂へ通ずる廊下

   卒業生が二列縦隊で並んでいる。後藤や数名の先生、隊列の最後。

後藤、腕時計を見る。九時五十分。

後藤(M)「どうしたんだ。遅いなぁ」

   後藤の携帯電話が鳴る

後藤「悟か。どうしたんだ。分かった。あと十分だ。巻紙は用意するから」

   後藤、職員室に走り、書類入れから巻紙を取って広げ、適当な長さに切り、丸めて持って隊列に戻る。

 

○講堂

  壇上中央に校旗。校長や来賓、着席

 

○講堂・廊下

   悟が後藤のところに来る。

悟「すみません、遅れました」

後藤「良かった。間に合った。いいか、白紙の巻紙だが、ぶっつけ本番でいけ」

悟「はい」

 

○講堂

   教頭、最前列座席の端近くに立つ。

教頭「只今から、北川高等学校、第三十五回卒業証書授与式を行います。卒業生、入場」

   卒業生、拍手で迎える在校生の間を通って順に前から着席。

教頭「それでは、ご来賓の方から祝辞をいただきます。育友会会長、長縄武史殿」

 

○病院・病室

   冨美江、酸素マスクをしてぜいぜい呼吸し、ベッドに横たわっている。周りに親族三人、医師、看護師見守る。

心電図の心拍グラフ、弱々しい波。

 

○講堂

教頭「答辞、富樫悟君」

   悟、壇上に上がり、校長に礼をして胸ポケットから巻紙を取り出し、広げる。何も書いてない(アップ)。

悟「只今は、来賓の方々や校長先生のご祝辞、並びに心あたたまる送辞を頂きまして、ありがとうございました。思い出せば、三年前……」

 

○病院・病室

   冨美江、酸素マスクをしている。周りに親族、医師、看護師。

心電図の心拍グラフが次第に一直線

 になり、脈が止まる。

医師が冨美江の目にライトを当てる。

医師「ご臨終です」

 

○講堂

悟「先生方の暖かいご指導のもと、このように卒業できることになりましたことを心より感謝致します。そして、忘れてはならないのは、ここまで育ててくれた親の苦労です……」

   悟、ここでぷつりと黙り、じっと巻紙を見て、泣くのをこらえている。

   後藤、卒業生、保護者の心配顔。

悟「私の……。僕の母は白血病です……。もう一、二ヶ月の命です」

   後藤の驚く顔。

悟「つい三日前、見舞いに行ったときお母さんは『お前の結婚式までは生きていたいね』と言ってました。結婚式までは無理でも、今日の晴れの卒業式には来てもらいたかった。そして、(泣き声で)今日ここで母の苦労に労いの言葉をかけたかったです。お母さん、今まで、ありがとう。立派に育ててくれました」

 

○講堂・二階・保護者席

  母親達が泣いている。

 

○講堂・壇上前

悟、しばらく黙ってから

悟「取り乱して、申し訳ありませんでした。(間)さて、(気を取り直した声)最後に、在校生諸君、私たちは今卒業していきます。北川高等学校の伝統のトーチは……」

 

○病院正門

   正門を入る悟、手に卒業証書。

XXX

悟「最後に、在校生諸君の健闘を祈ります。平成二十六年三月一日 富樫悟」

同時に割れんばかりの拍手

XXX

 

○病院の廊下

   悟、廊下を早足で歩き病室のドアを開けながら、

悟「お母さん」

                                                

               おわり

2014年2月10日月曜日

酔い止め薬

稲川史郎  22 大学院生(中国史専攻)  

周聖元   45 湖南省洪湖 水上生活者

周小麗   40 周の妻

周志軍   12  周の次男 

杉山加奈  31 旅行業者

洪湖市職員 38 

 

○日本の観光旅行会社

   史郎がカウンター越しに杉山と話している。

史郎「この紹介状を見せればいいのですね。

洪湖市の役所で」

杉山「はい。観光課の職員に見せてください。

水上生活者の人と連絡は取れてますので」

史郎「その方のお名前はなんと言いますか」

杉山「紹介状に書いてありますが、確か……」

史郎「ああ、ここに書いてある。えっと、周

聖元さんですね」

杉山「そうです。その方がいろいろ教えてく

ださることになっています」

史郎「分かりました。ありがとう」

杉山「お気をつけてお出かけください。帰られたら是非お立ち寄りください」

   史郎は会釈をして立ち去る。

 

○中部国際空港

   飛行機が飛び立っている。

 

○飛行機の中

   史郎が座席に座っている。

   「あと十分ほどで武漢国際空港に着陸

します」というアナウンス。

     

○中国湖北省・洪湖

   水上生活者の舟が何隻が浮かんでいる。

   ST「中国・湖北省・洪湖」

 

○洪湖市役所・玄関

   史郎が役所の玄関を見上げている。

 玄関の上部に中国語で書かれた看板。

ST「「洪湖市役所」

史郎、中に入る。

 

○洪湖市役所・カウンター

   史郎が職員と話している。

史郎「日本から来ました稲川史郎という者

 です。日本の観光業者からの紹介状です」

   職員は紹介状を受け取り、読む。

職員「分かりました。洪湖の見学の方ですね」

史郎「はい、それで、周聖元という方から何か言伝はないでしょうか」

職員「言伝? 少々お待ちください」

   職員は奥の部屋に行く。

   史郎、待っている。

職員が現れる。

職員「ありました。明日の午前十時に第一桟橋に来て下さいとのことです。それから、もうひとつ。酔い止め薬を持ってきて欲しいそうです」

史郎「分かりました」

 

○洪湖、第一桟橋・午前

桟橋で史郎が待っている。

腕時計を見ると十時。(アップ)

十畳ほどの大きさの屋根付き筏型の舟が桟橋に次第に近づく。

周聖元が櫓で舟を漕いでいる。

舟の端から端まで洗濯物が干してある。

史郎「周聖元さんですか」

周「ああ、お待たせしました。稲川史郎さん

ですね」

史郎「はい、お世話になります」

舟が桟橋に横付けになる。

周は史郎の手を取って船に乗せる。

 

○舟内

奥から周小麗と周志軍が出てきて挨拶する。

周「日本から来られた稲川さんだよ。稲川さ

ん、こちらが妻の小麗で、この子は次男の

志軍です。今、長男は働きに出てますので

いませんが」

   史郎、挨拶する。

小麗と志軍は奥の部屋に下がる。

   周と史郎が座卓を挟んで座る。

   小麗、お茶を持ってきて座卓の上に置

く。

周、お茶を史郎に勧める。

史郎、お茶を飲む。

周「それで、稲川さん、赤壁の戦いの研究を

してなさるとか」

史郎「はい、修士論文で呉の水軍をテーマにしてますので」

周「そうですか。わかる範囲で答えますのでなんなりとご質問して下さい」

史郎「はい、洪湖で水上生活している方は呉の水軍の末裔だと聞きましたが、そうですか」

周「そうです。皆、末裔です。赤壁の戦いで総大将だった周瑜はこの湖で水軍の訓練を行ったのです」

史郎「周さんは周瑜のご子孫でしょうか」

周「いや、たまたま同じ周という名前ですが、不確かでね。そうだと嬉しいのだが」

史郎「孫権の水軍はどれぐらいの規模でしたか」

周「約二万の水軍ですね」

史郎「曹操の水軍は」

周「十五万から二十万です」

史郎「そうすると、孫権水軍は約十分の一の戦力で勝ったわけですか」

周「そうです。ご存知と思いますが、例の火攻めで」

史郎「呉の水軍はここから川を下って赤壁に行ったのですか」

周「そうです。明日案内してあげましょう」

史郎「ありがとうございます。ところで、周さんのご一家は陸地では生活されないんですか」

周「生まれてから、ずっと水上生活です。私の父も子供たちも」

史郎「食べ物や日常品はどうするんですか」

周「ああ、水上市場ってのがありましてね。これもまた舟なんだが。その舟に行けば、野菜や肉、服やら生活するのに必要なものは何でも売っているんです」

史郎「でも、料理はどうするんですか」

周「ああ、舟の上でコンロを使うんです」

それに、気がつかれたたと思いますが、洗

濯も船の上ですよ」

史郎「でも、お子さんの学校は陸地でしょう」

周「いやいや、子供は陸地に上がる用事はな

いんです。小学校だって水上学校だし」

   周は遠くに見える一教室分の大きさの

舟を指差す。

史郎、舟を見る。

周「それから、医者も水上生活者でね」

史郎「それじゃ、お子さんはずっと水上生活ですか」

周「そう。生まれてからずっとね」

史郎「舟が揺れた時って、船酔いしませんか」

周「全然しません。生活の地盤が生まれつき

舟だから、揺れるのは慣れっこで酔うなん

て考えられないです」

史郎「では、中学校も水上ですか」

周「中学は陸地です。だから、子供は中学校の入学式の時に始めて陸地にあがるんですよ」

史郎「へーえ、驚きました」

周「あなたには驚きかもしれませんが、ここ

ではごく普通のことですよ」

   舟の外に干してある洗濯物が風に吹かれてパタパタ揺れ出す。

   船も搖れる。

史郎「風が出てきたようですね」

周「そうそう、それで思い出しました。稲川さん、あなた酔い止め薬を持ってきましたか」

史郎「ええ、船酔いするといけないから、念のため舟に乗る前に薬を飲みました。だから、大丈夫です」

周「薬、まだ残ってませんか」

史郎「ああ、新品の箱を開けたので薬はまだいっぱいありますが」

周「それは良かった」

史郎「良かったって?」

周「こんなこと言って厚かましいですが、その余っている薬を少々わけていただけませんか」

史郎「いいですよ」

   史郎、疑問に思う仕草をしながらバックパックから薬の箱を取り出す。

周「すみませんねぇ」

史郎「いいえ」

周「どういうわけか水上市場にも陸の薬屋に

も酔い止め薬が品切れなんですよ。困って

たんです」

史郎「そうですか、じゃあ、半分差し上げま

しょう」

   史郎、箱からカプセルの薬を五、六個

取り出して周に渡す。

周「ありがとう」

史郎「質問していいですか」

周「勿論」

史郎「先ほど風が出て船が揺れようが誰も酔

う者はいないっておっしゃいましたが。酔い止め薬はなぜ必要なんですか」

周「ああ、あなたが疑問に思うのは当然です

が。それはね、笑わんでくださいよ」

史郎「はあ」

周「明日、九月一日は入学式なんですよ」

史郎「入学式って?」

周「先ほど顔を出した次男ですよ。明日あい

つは洪湖中学校の入学式に出るんですよ。

だから酔い止め薬がいるんです」

史郎「ええっ、どういうことですか」

周「三年前、兄が中学の入学式に出たとき

にね、生まれて始めて陸に上がったので、

岡酔いしちまったんですよ」

               終