赤飯
登場人物
安藤宏 無職 (六五歳)
安藤郁代 宏の妻 (六十歳)
遠藤 遠藤内科医院院長(六十七歳)
一柳 名大病院循環器系医師(四十歳)
○安藤家・居間・夜
宏と郁代がテレビを見ている。
テレビ画面では、老年夫婦が赤飯を食べている
宏、テレビを見ながら
宏「俺も赤飯食べたいな」
郁代「何言ってるのよ、赤飯はおめでたい時
に食べるのよ」
宏「それもそうだが……」
○遠藤内科医院・診察室
遠藤、コンピューター画面で心電図のグラフを見ながら
遠藤「うむ、こりゃひどい。心拍が相当乱れて
ますな。こりゃ危ないですよ。すぐ手術をし
なきゃ」
宏「えっ、手術ですか」
遠藤「ええ、でも内ではできませんので、名
大病院か日赤病院に行って下さい」
宏「えっ、そんなに悪いんですか。ここまで地
下鉄で来れたんですが」
遠藤「議論している場合じゃないですよ。な
んなら、救急車を呼びましょうか」
宏「えっ、明日の朝ではダメですか。女房に
話して、それで、あのぅ、日赤に行きます」
遠藤「じゃあ、紹介状を書きますから、朝一番
に行って下さいよ」
○宏の自宅・居間・夜
宏と郁代がお茶を飲んでいる
郁代「そんなに悪いの?」
宏「うん、遠藤病院では見れないそうだ」
郁代「それで、その手術って、大丈夫? 失敗
したらどうするのよ」
宏「それはないよ」
郁代「わかるもんですか。それより、宏一に言
った方がいいかしら」
宏「何を」
郁代「お父さんが心臓手術だって」
宏「お前、心配しすぎだよ」
○宏の自宅・寝室・夜
置時計が午前2時を示している。
宏、天井を見ている。隣で郁代が眠っている。
○葬式場面(イメージ)
宏の遺体が入っている棺の周りで遺族が
泣いている。
○宏の自宅・寝室・夜
宏、寝返りをうつ
○日赤病院・循環器系診察室
一柳、心電図を見ながら
一柳「ああ、これなら、手術しなくてもいいです。薬で抑えられますから」
宏「ええっ、手術しなくていいんですか」
一柳「ええ、しなくていいですよ」
宏「ホントですか。ああ良かった。死ぬかと思ったんですよ」
○日赤病院・待合室
宏、携帯電話を郁代にかけている
宏「だから、本当に手術しなくていいんだよ」
郁代「ホントなのね、ホントなのね」
宏「だから、ホントだって」
○宏の自宅・夕方
宏、居間でテレビを見ている
郁代「あなた、ご飯よ」
宏「ああ、いま行くよ」
宏、食卓に近づく。
郁代、食卓に座っている。
食卓の上には 茶碗に山盛りになった赤
飯が置いてある。