ここはデパートのつえ売り場です。木でできたのや、竹でできたの、アルミ製や、おりたたみ式など、いっぱいならんでいます。色も赤、茶、黄、ブルー、ピンクなどいろいろあります。
ある日のことです。頭がつるつるにハゲたおじいさんが、売り場にやってきました。どのつえも、きんちょうしました。
竹のつえのタケくんは「あのハゲじいさん、ボクを買うのかな」と思いました。
木のつえのモクさんは、「あのじいさん、たぶんワシを買うだろうよ」と思いました。
アルミのルミは「あのおじいさん、わたしを買うのかしら」と思いました。
おじいさんは、ならんでいるつえを一本一本、手に持って、売り場の中をコツコツ歩きました。それから、つえが強いかどうかたしかめるため、まず、タケくんをまげようとしました。
「イテテテテ、ハゲさん、いたいよ」とタケくんが言いました。おじいさんは、こんどはモクさんを曲げようとしました。
「じいさん、むりしちゃダメだ、ワシは、おれっこないよ」とモクさんが言いました。
おじいさんは、ルミには見むきもしませんでした。だって、ルミはピンク色で花のもようがついていたからです。
「よし、これがいい」とおじいさんは言って、モクさんを持ってレジカウンターの方へ行きました。モクさんはルミとタケくんに「じゃ、お先に。またどこかで会おうな」と言いました。
タケくんもルミも「さようなら」と言いました。
「あーあ、モクさん、行っちゃたわね。ところで、わたしを買ってくれる人って、どんな人かしら」とルミがタケくんにききました。
「ルミは、ピンク色できれいだから、きっとおばあさんが買ってくれるよ」
「さっきのおじいさんみたいに、わたしを買うときに、曲げたりしないでしょうね」ルミが言いました。
「そんなことしないよ。ルミは、おりたたみ式だから」
「そうね。やさしいおばあさんだといいね」
「そうだね」
そこへ男の人と女の人がやってきました。二人は夫婦で、三十五、六さいぐらいです。男の人は、ひろしという名前で、女の人は、ゆり子という名前です。
「この花がら、すてきね」とゆり子さんが言いました。ひろしさんがルミを手にとりました。
「うん、軽いし、おりたためるよ。これにしようか」
「ええ」
ひろしさんとゆり子さんは、ルミを持ってレジの方へ歩いて行きました。
「タケくん、お元気でね」ルミはタケくんに言いました。
「ルミも、元気で」
ルミとタケくんのお別れです。
ルミはレジにつれていかれるときに、どうしてこんな若い人が、わたしを買うのかしら、と思いました。
ルミは店の人に紙でつつまれ、木の箱に入れてもらいました。箱は赤いリボンでむすばれました。
「きっと母さん、よろこぶよ」ひろしさんが言いました。
「ええ、お母さん、このまえ会ったとき、ひざがいたいっておっしゃってたから」
「うん、年だからなぁ」
それから数日後の日曜日です。二人はルミの入った箱を持って、ひろしさんのお母さんのところに行きました。ひろしさんが、げんかんをあけると、おばあさんが出てきました。やさしそうな人です。
「まあ、ひろし、よく来たねぇ。しょうちゃん、いっしょじゃないの?」
「今日は、友だちのたんじょうび会です」ゆり子さんが言いました。
「そうかい、しょうちゃん元気だろうね」
「ええ」
「たしか、二年生だったね」
「はい」
おばあさんと、ひろしさんと、ゆり子さんはリビングルームに行きました。おばあさんはお茶を出しました。
「母さん、たんじょう日、おめでとう」ひろしさんが言いました。
「ありがとうね。六十六になってしまったよ」
「これ、お祝い」ひろしさんはルミの入っている箱をおばあさんにさしだしました。
「お祝い? なんだろうねぇ」と言いながら、おばあさんは箱をあけました。
「まあ、きれいなつえ。こんなの、ほしかったのよ。さいきん、歩くのが、なんぎでね」
おばあさんはルミを箱から取り出しました。
ルミは箱から出て、はじめておばあさんの顔を見ました。やさしそうな、品のいい人のようです。
「おりたたみ式だから、持ち運びにべんりだよ。それに軽いし」
おばあさんはルミを手に持って上下にゆすりました。ルミは目がまわりそうです。
「ほんと、軽いね。さっそく使わせてもらうわ。水泳教室まで坂道でね」
おばあさんは毎週水曜日に水泳教室に通っています。水泳といってもプールの中をみんなと歩くだけですが、けっこう運動になるのです。
「母さん、ちょとつえ持って歩いてみて」ひろしさんが言いました。
「ここでかい」
「うん」
「わたしが、つえついて歩くところ見たいのかい。いやだね、わたしは見世物じゃないよ」
「いや、そうじゃなくて、長さがどうかと思ってね。そのつえ、長さがちょうせつできるんだよ」
「そうかい」
おばあさんは四つにおれていたルミを、まっすぐにのばしました。
ルミは「いよいよわたしの出番ね、しっかりおばあさんを、ささえなくっちゃ」と思いました。
おばあさんは、つえをついて歩きました。
ルミはおばあさんを、一生けん命ささえました。ささえながら、「これから毎日ささえることになるのだわ」と思いました。
「ちょうどいいよ」おばあさんが言いました。
「じゃ、使ってね」
「ありがとうね、ほんと助かるわ」
おばあさんは何度もお礼を言いました。
ルミはやさしそうなおばあさんに使ってもらえそうでほっとしました。
水曜日がやってきました。ルミがおばあさんに使ってもらう日です。おばあさんは、げんかんの、げた箱の上においてあったルミをバッグの中に入れて、家を出ました。まず、バス停まで歩いて、それから「緑が丘」でバスをおりて、坂道を水泳教室まで歩くのです。
十五分ぐらいバスに乗っていると「緑が丘」に着きました。青空で雲ひとつありません。おばあさんはバスをおりると、たたんであったルミをのばして長い一本のつえにしました。ルミは「よしっ、しっかりおばあさんを、ささえなくっちゃ」と、きんちょうしました。
おばあさんはルミの頭を手でにぎりました。いよいよ出発です。しかし、どうしたことでしょう。おばあさんは、のばしたルミを、またおりたたんでバッグの中にしまってしまいました。それから、水泳教室までゆっくり歩きだしました。
「あれっ、おばあさん、わたしを使ってくれないの?」ルミは、なぜおばあさんが自分を使ってくれないのかわかりません。はじめて、つえをついて歩くのが、はずかしいのかしら、と思いました。
水泳教室をおわって坂道をくだるときも、おばあさんはルミを使いませんでした。家に帰ると、おばあさんはルミをバッグから取り出して「ありがとうね」と言って、げた箱の上にルミをおきました。
ルミはびっくりしました。「ありがとうね」って、わたしはバッグの中に入っていただけで、おばあさんのために何もしていないのに。どうしてわたしに、かんしゃするのかしら、と思いました。
また水曜日になりました。水泳教室の日です。今日も朝からいいお天気です。青空で、風もありません。おばあさんはルミをバッグの中に入れました。ルミは、今日こそは、使ってもらえると思いました。
おばあさんはバスをおりて、水泳教室までの坂道をゆっくり歩きはじめました。またルミを使いません。ルミはがっかりしました。どうして、わたしを使ってもらえないのかしら。わたし、どこか、こわれているのかしら。でも、どこもいたいところないから、こわれてないのに。へんなおばあさん、と思いました。
水泳教室がおわって家につくと、おばあさんはバッグからルミを取り出して、また「ありがとうね」と言って、ルミをげた箱の上におきました。ルミはどうしておばあさんが「ありがとうね」と言ったのかわかりません。
その次の水曜日も、その次の水曜日も、おばあさんはルミを使いませんでした。でも、家に帰ると、かならずルミに「ありがとうね」と言うのです。おばあさんとお家に帰るたびに、ルミは「なぜ、お礼を言うのかしら」と思いました。
おばあさんがルミをもらってから、二ヶ月ほどたちました。秋のモミジが赤くそまって、きれいなきせつです。おばあさんは近くの公園のもモミジを見に行こうと思いました。
十一時ごろに、おばあさんは、おにぎりを作りました。ペットボトルにお茶も入れました。「さあ、でかけましょう」と言って、バッグにおにぎりとペットボトルを入れました。おばあさんはルミを、げた箱の上においたまま家から出ていってしまいました。
ルミはげた箱の上で「あっ、おばあさん、わたしをバッグに入れないの?」と言いました。外出のときに、おいてきぼりは、はじめてです。とうとう、おばあさん、わたしのこと、いらなくなったんだわ。もらったとき、あんなによろこんでいたのに。そのうちに、わたし、げた箱の上にほおりっぱなしになって、すてられるのかしら。いやだわ、と思いました。すると、げんかんのとびらがあいて、おばあさんが急いでもどってきました。
「うっかり、わすれるところだったわ」と言いながらルミをバッグに入れました。
ルミは、わたしのこと、ちゃんとおぼえていたのね、と思って、安心しました。
公園のもみじは太陽の光をあびてキラキラかがやいています。おばあさんはベンチにすわりました。ベンチからお城が見えます。白いお城と、青い空と、赤いモミジがきれいです。おばあさんは、バッグからおにぎりとペットボトルをだして、おにぎりを食べはじめました。うめぼしの入った、のりでグルグルまきにしたおにぎりです。おばあさんは二つのおにぎりを全部食べました。まんぷくです。
しばらくして、おばあさんはバッグからルミを出しました。ペットボトルからお茶がもれて、ルミがぬれていたからです。そんなことにかまわないルミは「これから、おばあさん、さんぽするのかな」と思いました。おばあさんは、たたんであったルミをのばして、ハンカチできれいにふいて、ベンチに立てかけました。それから、バッグから本を出して読みはじめました。おばあさんは本を読むのが大好きなのです。
そこへ、長いヒゲをのばしたおじいさんが竹のつえをついてやってきました。おじいさんは、おばあさんがすわっているベンチのとなりのベンチにすわりました。
しばらくすると、「ルミ、ルミ」と、だれかがルミをよんでいます。ルミは声のする方を見ておどろきました。タケくんです。デパートで、いっしょにならんでいた竹のタケくんです。
「まあ、タケくんじゃない。タケくんも買ってもらったのね」ルミが言いました。
「うん、ルミが買ってもらった次の日に、こちらのおじいさんに買ってもらったんだ」
「そうなの。タケくん、元気そうね」
「うん、ボクは、毎日、おじいさんといっしょに外出して、おじいさんをささえてるからね」
「いいわね、タケくんは」
「いいわねって、ルミも、そちらのおばあさんといっしょに外出してるんじゃない?」
「ええ、いつもいっしょよ」
「じゃあ、ボクをうらやましく思わなくても」
「それがね、いっしょに外出しても、おばあさん、わたしをバッグの中に入れたままなのよ」
「でも、いまバッグから出てるよ」
「ぬれたから、ふいてもらってたからよ」
「じゃあ、いつもはバッグの中?」
「そうなの、おばあさん、わたしを使ってくれないの」
「それじゃ、つえというより荷物だ」
「そうなのよ。どうしてか、わからないの。へんなおばあさん」
「へんだね」
「でも、はじめて外出したとき、おばあさん、わたしをバッグから出して、おりたたんであったわたしをのばして、歩きそうになったことがあったのよ」
「それで?」
「ところが、わたしを使わずに、すぐバッグにしまってしまったわ」
「いったん、のばしておいてね」
「ええ」
「へんだね」
「ええ」
タケくんはしばらく考えました。
「そうか、わかった。たぶんおばあさん、はずかしいんだよ」
「そうかしら」
「そうだよ。そのうちに使ってもらえるよ」
「そうだといいけど。でも、おばあさん、はずかしがりやに見えないけど」
「そのうちに使ってもらえるから、あせっちゃいけないよ」
「ええ」
ルミとタケくんが話していると、おじいさんが立ちあがって、タケくんの頭をにぎって歩きはじめました。
「じゃ、ルミ、元気でね」
「タケくんも」
おじいさんはゆっくり歩き去っていきました。
ルミは、あせってはいけない、と言われたけれど、おばあさんを、ささえてあげる日はいつのことかしらと思いました。
おばあさんは、まだ本を読んでいます。
しばらくすると、頭がつるつるのおじいさんが来て、おばあさんのとなりのベンチにすわりました。ルミはどこかで見たおじいさんだと思いました。だれだったかなぁと思っていると、
「ルミじゃないか」という声が聞こえます。
ルミは声のする方を見てびっくりしました。デパートでいっしょにならんでいた木のモクさんです。
「まあ、モクさん」
「やはり、ルミだったか。ルミもおばあさんと、さんぽかい?」
「ええ、さんぽだけど、おばあさん、へんなのよ」
「へんて?」
「それがね、おばあさん、外出するたびにわたしをバッグに入れるけれど、一度もわたしを使ったことがないのよ。へんでしょ」
「うむ、へんだな」
「でも、もっとへんなのはね」
「もっとへんなこと?」
「ええ。おばあさん、わたしを使ってないのに、家に帰ると、ありがとうよ、ってわたしに言うのよ」
「へーぇ、お礼を言うのかい」
「そう、なんかわたし、気持ち悪いわ」
「うむ、わからんなぁ」
ルミは、おばあさんのたんじょう日のお祝いに、ひろしさんからルミをおくられて「ありがとうよ」と何度も言ったことを話しました。それを聞いてモクさんは言いました。
「わかったよ。お礼を言ってるのは、ひろしさんに言ってるんだよ。毎日バッグに入れてるのは、ひろしさんと、いっしょにいたいからだよ」
「そうかしら」
「そうだよ。ひろしさんとべつべつに住んでるんだろ? ほんとうは、ひろしさんといっしょに住みたいのだよ」
「そんなふうには見えないけど」
「見かけと、なかみはちがうことが、よくあるよ」
「ええ」
「だから、ルミはおばあさんの役にたってるんだよ」
そのとき、おばあさんは本をとじて、立ちあがり、ルミをたたんでバッグに入れました。
「じゃ、モクさん、ありがとう。またどこかでね」
「ああ」
年が明けて、元旦になりました。ひろしさんと、ゆり子さんと、しょう君がおばあさんの家に来ました。
まず、ぶつだんにおまいりしました。ぶつだんには、二年前なくなったしょう君のおじいさんの、いはいがあります。
おまいりがおわると、みんなリビングルームに行きました。テーブルの上にみかんやお菓子やおまんじゅうがのっています。
おばあさんはしょう君にお年玉をあげました。
「やった! ありがとう」しょう君が言いました。
「大きくなったね。こんど三年生?」
「はい」
げんかんのげた箱のうえにいるルミのところまで、みんなの声がきこえてきます。
「母さん、元気そうだね」ひろしさんが言いました。
「まあ、それなりにね」
「まだひざ、いたむのですか」ゆり子さんがききました。
「ときどきね」
「それはいけませんね」
「そうそう、母さん、つえ使ってる?」ひろしさんがききました。
「いや、使ってないけど、外出するとき、いつもバッグの中に入れてるよ」
「バッグに入れたまま? 使ってないの?」ひろしさんが言いました。
「ああ、使ってないよ」
「どうして」
ルミは、わたしが知りたいと思ってることだわ、と思って、聞き耳を立てました。しかし、聞こえてきたのはしょう君の声です。
「ねえ、もっとお菓子ない?」
しょう君は、しらない間に、みかんやお菓子をいっぱい食べてしまっていました。
「そんなに食べたら、はらがいたくなるぞ」とひろしさんが言いました。
「はーぁぃ」しょう君は元気のない声で言いました。
「で、さっきの話だけど、母さん、どうしてつえを使わずに、バッグの中に入れてるの?」
ルミはまた聞き耳を立てました。
「つえにたよってると、足こしが弱くなると思ってね」
「そりゃ、そうだな」
「だから、わたしゃ、いざというときまで使わないつもりだよ」
「その方がいいかもしれませんね」ゆり子さんが言いました。
「でも、足もとがあぶなくなったら、すぐ使えるように、いつもバッグに入れてるんだよ。バッグに入っているだけで、安心だから」
「そうか、転ばぬ先のつえってとこだな」ひろしさんが言いました。
「なに、その転ばぬ先のつえって」しょう君がききました。
「なんでも、前もって用意しておけば安心ってことよ。くもり空のときにカサもってくでしょ」ゆり子さんが言いました。
「そうだ。菓子を食べすぎて、はらがいたくなっても、胃薬を用意しておけば安心ってことだ」ひろしさんが笑いながら言いました。
「あなた、へんなこと言わないでよ。食べすぎは、いけないんだから」
「じょうだんだよ」
ルミは、やっと、ぎもんに思っていたことの答がわかりました。バッグに入ったままで使ってもらってないときでも、使ってもらってるんだわ。へんなおばあさんじゃなかったのね、と思いました。
あくる日です。げんかんでバッグの中に入れてもらうとき、ルミは「おばあさん、いつでも、しっかり、ささえてあげるから安心していてくださいね」と言いました。
ルミはやる気いっぱいです。
おわり