2014年11月18日火曜日

笑顔で生きる 


山本明奈 14 中学2年生

山本謙太 45 明奈の父

山本郁恵 42 明奈の母

後藤 徹 60 医師

クラスメイト、僧侶など

 

 

 

○名古屋がんセンター・診察室

  山本謙太と妻の郁恵が、医師の後藤と話している。

謙太「先生、娘の余命はあとどれぐらいですか。本当のことをおっしゃってください」

後藤「では、申し上げますが、おそらく一ヶ月、長くても二ヶ月かと思います」

謙太「残り時間を家で過ごさせてやりたいのですが」

後藤「わかりました。在宅ケアの形をとってみましょう」

 

○明奈の病室

   明奈が郁恵と話している。

明奈「ホント? 家に帰っていいって?」

郁恵「そう、病気が小康状態になったから」

明奈「しょうこう状態って?」

郁恵「病気が悪化してないっていうことよ」

 

○謙太家・朝

   タクシーが玄関に着き、謙太、郁恵、明奈が降りる。玄関に朝顔。蝉の声。

 

○謙太家・明奈の部屋

   部屋がムーミンのぬいぐるみで一杯。ベッドに特大のムーミン。机には花。

明奈「ムーミンがいっぱい。どうしたの?」

郁恵「明奈、ムーミン大好きだからね」

明奈「そう。ありがとう」

   明奈は特大のムーミンを抱っこする。

 

○謙太家・リビングルーム・夜

   謙太と郁恵が話している。

謙太「退院して、一ヶ月たったけれど、明奈の誕生日までなんとか持たないかなぁ」

郁恵「ええ、せめて十四歳の誕生日を迎えさせてあげたい」

 

○リビングルーム・廊下

ドアの陰で明奈が親の話を聞いている。

 

○リビングルーム

謙太「退院する時、先生はあと一、二ヶ月の命だって言ってたから」

郁恵「じゃあ、あと一ヶ月の命なのね」

 

○明奈の部屋

   明奈、ベッドで泣いている。

 

○謙太家・リビングルーム・夜

   ソファーにもたれかかってテレビを見ている明奈。背中をさすっている郁恵。

郁恵「どう、気分」

明奈「いいよ」

郁恵「もっとプリン食べない?」

明奈「うん」

   謙太が入ってくる

謙太「明奈、あした誕生日だな。何か欲しい物があったらなんでも買ってきてやるよ」

明奈「お父さん、無理しないで。わたし知ってるの。もう長くは生きられないってこと」

   謙太と郁恵、顔を見合わす。

郁恵「明奈、お前……」

謙太「すまん、知ってたのか。隠す気はなかったけど。余りにもかわいそうで……」

郁恵「替れるものなら、替わってあげたい」

明奈「わたし、覚悟したの、残り少ない時間、明るく過ごしたいの。だから、泣き言や悲しい顔は止めて。笑って過ごしたいの。明日から、わたし、生まれ変わって笑顔で過ごすからね。お父さんもお母さんも笑顔を忘れないでね。悲しい顔を見るとわたしまで悲しくなっちゃう」

謙太「明奈、お前、そんなことが言えるようになったのか」

郁恵「私より、よほどしっかりしているわ」

謙太「わかった。明日から、一切泣き言は言わないよ」

 

○ダインイング・テーブル

   ケーキ、ロウソク、シャンペンなど

郁恵「じゃあ、ロウソクの火を消して」

   明奈、火を消す。

謙太「おめでとう」

郁恵「おめでとう、いつまでも元気でね」

明奈「ありがとう、まだまだこれからよ」

謙太「じゃ、乾杯といこう」

全員「乾杯!」

   シャンペンを一口飲むと明奈が椅子から倒れる。謙太は明奈をソファに運ぶ。

謙太「医者を呼ばなきゃ」

明奈「大丈夫よ。呼ばなっくていい」

郁恵「ほんとにいいの?」

明奈(笑って)「大丈夫よ」

上半身を起こす。

明奈「そら、もう治った」

郁恵「まあ、どうなるかと思った」

明奈(笑って)「慣れないもの飲んだからね」

 

○明奈の部屋

   ベッドで泣いている明奈。ノックの音。

郁恵「入っていい?」

明奈(涙を拭って)「いいよ」

郁恵「クラスの友達から寄せ書きが来てるよ」

明奈「ほんと、うれしい、みんな私のこと忘れたかと思ってた」

郁恵「忘れるものですか」

明奈「ええ、わたし、美少女だから、クラスの男の子、みんな、わたしの大フアンよ」

郁恵「よく言うよ」

明奈「お母さんも、美人だったてね」

郁恵「なによ、今でも美人よ」

明奈「あ、ごめんごめん、それにお父さん、イケメンだし」

郁恵「無理しなくていいのよ。何も出ないから。で、クラスの子に返事書かなきゃ」

明奈「そうね『もうすぐ学校に戻るから、ちゃんと机を確保しておいて』って書こうか」

郁恵「そう、それがいい」

 

○リビングルーム・夜

   謙太と郁恵が話している。

謙太「明奈には驚いた。しっかりした子だ」

郁恵「そうなのよ、泣き言、言わないのよ」

謙太「本当は、体中痛いのに愚痴を言わない」

郁恵「それに、よく冗談言うのよ」

謙太「心の中では泣いていると思うが、全然そういう素振りを見せないなぁ」

郁恵「ほんとうに、あの子、どうやって悲しみを乗り越えてるんでしょう」

謙太「親を悲しませてはいけない、という思いが強いのだろう」

郁恵「悲しみを心の奥にしまっているんだわ」

謙太「親孝行な子だ」

 

○明奈の部屋・夜

   明奈が机に向かって、泣きながらノートに何か書いている。 

 

○明奈の部屋・朝

   郁恵がノックする。返事がない。中に入ると明奈が死んでいる。

郁恵「明奈、明奈!」

 

○斎場

   祭壇に明奈の遺影。読経する僧侶。

親族、学友達の焼香。蝉の鳴き声。

 

○謙太家・リビングルーム

   窓から庭の木が紅葉しているのが見える。謙太と郁恵、お茶を飲んでいる。

謙太「早いものだ。もう十一月か」

郁恵「明奈が亡くなって、三ヶ月ね」

謙太「明奈の部屋、亡くなった当時のままだけど」

郁恵「あの部屋に入ると、涙があふれるのよ」

謙太「俺だってそうだよ」

郁恵「でも、明奈は私たちが悲しまないようにって明るく振舞ってたから、いつまでもめそめそしていては、いけないのよね」

謙太「そうだな。いつまでも明奈の思い出に浸っていては申し訳ないな。部屋を思い切って整理しようか」

郁恵「そうね」

 

○明奈の部屋

   謙太夫妻、部屋を整理をしている。

郁恵が本立を整理していると「笑顔」

というタイトルのノートが出てくる。

   郁恵、読み始める。文面(アップ)

明奈の声「八月九日、誕生日。今日から泣き事を言わない決心をした。残り少ない時間笑顔で生きていく」

郁恵「あなた、これ、明奈の日記よ」

   謙太と郁恵が日記を読む。文面アップ。 

明奈の声「八月十日 今日も一日泣き言を言わなかった。体中が痛いけど、痛いと言ってはダメ。笑顔を忘れない。

八月十一日 笑顔、笑顔。泣くのはこの部

屋だけよ。

八月十二日 今日も生きていた。泣かない

で 泣かないで、笑って、笑顔を見せるの

よ。頑張って」

   謙太夫妻が日記を読んでいる。窓の外の木の葉っぱが飛び散っていく。部屋に飾ってある家族の写真などが映る。

   XXX

   明奈が泣きながら日記を書いている。

XXX

文面アップ

明奈の声「二十一 母さんが泣いてた。笑い顔で慰めてあげた。親孝行は母を慰めることぐらいしかできない。自分が悲しんだら母は悲しむ。 

二十二 痛い。死にたい。でも、苦しいと

か痛いとか言ってはダメ。それが私の仕事

よ。痛くても頑張れ。笑って。

二十三 もうダメかも。笑顔よ、死んでも

笑って。最後の……」

謙太「そうだったのか」

郁恵、泣き崩れる。

芸は身を助く

山田洋平   56 高校英語教師

山田佳代子  50 洋平の妻

石森省三   61 古武道(棒術)師範

斉藤綾子   37 ツアー・ガイド

マーガレット 30 米国人女性

クルーズ船の船員、舞台司会者、審査員

バルセロナの街路の通行人

 

 

○武道場

   山田が石森と棒術の稽古をしている。

稽古が終わって、

石森「うむ、大分腕が上がった。もう何年になるかな、棒術を始めてから」

山田「二十年です」

石森「そうか。この調子で稽古を続ければ、そろそろ初目録の免許を与えてもいいな」

山田「ありがとうございます」

石森「しかし、日々精進しなければ」

山田「それは、勿論」

石森「一日稽古をさぼると、取り返すのに二日かかるというからな」

山田「はい。ところで、言いにくいのですが、来週から二週間ほど稽古を休ませてもらいたいのですが」

石森「また、旅行ですか」

山田「はあ、あの、来週から地中海クルーズに行きますので」

石森「先生はいいね、休みがあって。しかし腕が鈍らないよう船でも稽古してくださいよ」

山田「はい」

 

○山田家

   山田が妻の佳代子とスーツケースに旅行に持っていくものを詰め込んでいる。山田のそばに棒術用の棒が横たわっている。

山田「石森師範がクルーズ船内でも稽古をしなさいって言ってたから、この棒、持ってこうと思うんだけど」

佳代子「邪魔になるわよ。だいたい飛行機に持ち込むつもり?」

山田「うん、まあ」

佳代子「飛行機のどこに置くのよ。通路は邪魔になるし、座席の上の荷物入れには入らないし」

山田「うん、しかし、稽古しないと……」

佳代子「クルーズ船の中に棒など転がってるわよ。それに、そうキチン、キチンと稽古しなくても……。棒がなくてもできるんでしょ」

山田「まあ、なんとか。じゃ、これは置いてこう」

 

○クルーズ船

   全長三〇〇メートル、十二階建てのマグニフィカ号の全景が映る。(マグニフィカという船体に書かれた文字、アップ)

 

○クルーズ船・甲板

乗客はほとんど白人。東洋人は、ちらほら。

船員がモップで甲板を掃除している。 山田はモップをじっと見つめて、英語で船員に言う。

山田「すみませんが、そのモップ貸してもらえませんか」

船員「えっ、どこか掃除をされるんですか」

山田「いえ、その柄の部分を外して、日本の武道の稽古をしたいので」

船員「この棒のところですか」

山田「はい」

船員「お貸ししてもよろしいですが、少しお待ちください。上司の許可をもらってきますから」

 

○クルーズ船・山田夫妻の船室

   山田がモップの柄の部分を回して外している。それを見る佳代子。

山田「よし、外れた。これで稽古ができる」

佳代子「いいこと考えたのね」

 

○クルーズ船・甲板

   甲板を数人の乗客が速足で歩いたり、屈伸運動したりしている。山田が稽古をしている。数人の乗客が見ている。

 

○クルーズ船・朝

   佳代子が「本日のエンターテイメント」という船内新聞を見ている。

佳代子「あなた、これ見て。今晩八時から『タレントショー』があるわよ。誰でも特技を持っている人が出場できるって。三時からオーディションがあるけど。あなた棒術で

出てみたら」

山田「そうだな。オーディションで落ちるかもしれないが」

 

○クルーズ船・舞台のあるホール

   舞台脇で山田がモップの棒を持って審査員に話している。

審査員「はい、次の方、特技は何ですか」

山田「わたしは日本の古武道を披露します。この棒で演武をします」

審査員「それは珍しい。あなた合格です」

 

○クルーズ船・夜

   舞台で次々と特技が披露されている。民族舞踊。ピアノ演奏。独唱、ギター演奏。ブレークダンスなど。

司会者(スペイン語で)「では、次は、日本か

ら来られたミスター・ヤマダによる。日本

の伝統武道を披露してもらいます」

   山田が棒を持って、舞台に登場する。観客にお辞儀をして、棒術の型をいろいろ披露する。終わると大きな拍手。

 

○クルーズ船・出入り口・朝

バルセロナ港に停泊しているマグニフィカ号の出口から次々に乗客が波止場に降りてくる。ツアーガイドが山田夫妻に話している。

ガイド「六時の集合時間に必ず戻ってください。戻られなくても、船は出航します。遅れたら、自分で次の寄港地まで来てもらうことになります」

山田「分かりました」

ガイド「では、いってらっしゃいませ」

 

○カタルーニャ音楽堂

   夫妻が座席に座って音楽堂の天井を見ている。

佳代子「きれいね」

山田「うん、素晴らしい」

 

○サン・パウ病院記念館

   病院の庭を歩いている夫妻

山田「この病院、ガウディの先生が設計したんだって」

佳代子「素敵なデザインね」

 

○サグラダ・ファミリア教会

教会前の池から教会を見上げている夫  

妻。

山田「ごてごてして気持ち悪いよ。どこがいいんだろう、この教会」

佳代子「でも、世界的に有名なのよ」

山田「わたしには合わないな」

 

○バルセロナ・ランブラス通り

   地図を広げて、コロンブス像を見上げている山田。

山田「集合時間まであと二十分しかない。確か下船したのはこちらだったと思うけど」

佳代子「いえ、あっちの道よ、あそこにコロンブス像があるから」

山田「そうかなぁ。道を間違えたら大変なことになるよ。ホントにあっちの道だったか」 

佳代子「ええ、確か」

山田「船を降りてこの道を来るとき確かコロンブス像は、右手にあったから、こっちの道だよ」

佳代子「左手にあったわ」

山田「左手? おかしいな、右手だったと思

ったが。どうしよう」

二人は街路を行きつ戻りつする。

山田、時計を見る。

山田「あと十五分しかない」

佳代子「海があそこに見えるから。海の方へ歩いたら分かるかも」

山田「海に行っても分からないよ」

佳代子「誰かに聞いてみたら?」

山田「俺、スペイン語できないよ」

佳代子「私もよ」

山田「とにかく、聞いてみるよ」

数人の通行人を止めて英語で道を訊く

が、英語が通じない。

建物の壁にある時計が五時四十八分を

示している。(アップ)

佳代子「あと十分よ」

山田「わかってる」

   山田、歩いてきた通行人に近づいて、英語で言う。

山田「すみません、クルーズ船が停泊するところに行きたいんですが、ご存じないですか」

マーガレット(英語で)「ああ、あなた、日本の伝統武道を披露した人でしょ。素敵でしたよ」

山田「ええっ、どうして知ってるんですか」

マーガレット「わたしもマグニフィカ号の乗客よ」

山田「地元の人じゃないのですか。あの、船が停泊しているところが分からなくて困ってたんです」

マーガレット「すぐそこ。この建物の裏よ」山田「この裏? でも、良かった。置いてき 

ぼりになるかと思った」

佳代子「泣きたいくらいだったわ」

山田「ホント、もうだめかと思った」

マーガレット「そら、船が見えてきたでしょ」