山本明奈 14 中学2年生
山本謙太 45 明奈の父
山本郁恵 42 明奈の母
後藤 徹 60 医師
クラスメイト、僧侶など
○名古屋がんセンター・診察室
山本謙太と妻の郁恵が、医師の後藤と話している。
謙太「先生、娘の余命はあとどれぐらいですか。本当のことをおっしゃってください」
後藤「では、申し上げますが、おそらく一ヶ月、長くても二ヶ月かと思います」
謙太「残り時間を家で過ごさせてやりたいのですが」
後藤「わかりました。在宅ケアの形をとってみましょう」
○明奈の病室
明奈が郁恵と話している。
明奈「ホント? 家に帰っていいって?」
郁恵「そう、病気が小康状態になったから」
明奈「しょうこう状態って?」
郁恵「病気が悪化してないっていうことよ」
○謙太家・朝
タクシーが玄関に着き、謙太、郁恵、明奈が降りる。玄関に朝顔。蝉の声。
○謙太家・明奈の部屋
部屋がムーミンのぬいぐるみで一杯。ベッドに特大のムーミン。机には花。
明奈「ムーミンがいっぱい。どうしたの?」
郁恵「明奈、ムーミン大好きだからね」
明奈「そう。ありがとう」
明奈は特大のムーミンを抱っこする。
○謙太家・リビングルーム・夜
謙太と郁恵が話している。
謙太「退院して、一ヶ月たったけれど、明奈の誕生日までなんとか持たないかなぁ」
郁恵「ええ、せめて十四歳の誕生日を迎えさせてあげたい」
○リビングルーム・廊下
ドアの陰で明奈が親の話を聞いている。
○リビングルーム
謙太「退院する時、先生はあと一、二ヶ月の命だって言ってたから」
郁恵「じゃあ、あと一ヶ月の命なのね」
○明奈の部屋
明奈、ベッドで泣いている。
○謙太家・リビングルーム・夜
ソファーにもたれかかってテレビを見ている明奈。背中をさすっている郁恵。
郁恵「どう、気分」
明奈「いいよ」
郁恵「もっとプリン食べない?」
明奈「うん」
謙太が入ってくる
謙太「明奈、あした誕生日だな。何か欲しい物があったらなんでも買ってきてやるよ」
明奈「お父さん、無理しないで。わたし知ってるの。もう長くは生きられないってこと」
謙太と郁恵、顔を見合わす。
郁恵「明奈、お前……」
謙太「すまん、知ってたのか。隠す気はなかったけど。余りにもかわいそうで……」
郁恵「替れるものなら、替わってあげたい」
明奈「わたし、覚悟したの、残り少ない時間、明るく過ごしたいの。だから、泣き言や悲しい顔は止めて。笑って過ごしたいの。明日から、わたし、生まれ変わって笑顔で過ごすからね。お父さんもお母さんも笑顔を忘れないでね。悲しい顔を見るとわたしまで悲しくなっちゃう」
謙太「明奈、お前、そんなことが言えるようになったのか」
郁恵「私より、よほどしっかりしているわ」
謙太「わかった。明日から、一切泣き言は言わないよ」
○ダインイング・テーブル
ケーキ、ロウソク、シャンペンなど
郁恵「じゃあ、ロウソクの火を消して」
明奈、火を消す。
謙太「おめでとう」
郁恵「おめでとう、いつまでも元気でね」
明奈「ありがとう、まだまだこれからよ」
謙太「じゃ、乾杯といこう」
全員「乾杯!」
シャンペンを一口飲むと明奈が椅子から倒れる。謙太は明奈をソファに運ぶ。
謙太「医者を呼ばなきゃ」
明奈「大丈夫よ。呼ばなっくていい」
郁恵「ほんとにいいの?」
明奈(笑って)「大丈夫よ」
上半身を起こす。
明奈「そら、もう治った」
郁恵「まあ、どうなるかと思った」
明奈(笑って)「慣れないもの飲んだからね」
○明奈の部屋
ベッドで泣いている明奈。ノックの音。
郁恵「入っていい?」
明奈(涙を拭って)「いいよ」
郁恵「クラスの友達から寄せ書きが来てるよ」
明奈「ほんと、うれしい、みんな私のこと忘れたかと思ってた」
郁恵「忘れるものですか」
明奈「ええ、わたし、美少女だから、クラスの男の子、みんな、わたしの大フアンよ」
郁恵「よく言うよ」
明奈「お母さんも、美人だったてね」
郁恵「なによ、今でも美人よ」
明奈「あ、ごめんごめん、それにお父さん、イケメンだし」
郁恵「無理しなくていいのよ。何も出ないから。で、クラスの子に返事書かなきゃ」
明奈「そうね『もうすぐ学校に戻るから、ちゃんと机を確保しておいて』って書こうか」
郁恵「そう、それがいい」
○リビングルーム・夜
謙太と郁恵が話している。
謙太「明奈には驚いた。しっかりした子だ」
郁恵「そうなのよ、泣き言、言わないのよ」
謙太「本当は、体中痛いのに愚痴を言わない」
郁恵「それに、よく冗談言うのよ」
謙太「心の中では泣いていると思うが、全然そういう素振りを見せないなぁ」
郁恵「ほんとうに、あの子、どうやって悲しみを乗り越えてるんでしょう」
謙太「親を悲しませてはいけない、という思いが強いのだろう」
郁恵「悲しみを心の奥にしまっているんだわ」
謙太「親孝行な子だ」
○明奈の部屋・夜
明奈が机に向かって、泣きながらノートに何か書いている。
○明奈の部屋・朝
郁恵がノックする。返事がない。中に入ると明奈が死んでいる。
郁恵「明奈、明奈!」
○斎場
祭壇に明奈の遺影。読経する僧侶。
親族、学友達の焼香。蝉の鳴き声。
○謙太家・リビングルーム
窓から庭の木が紅葉しているのが見える。謙太と郁恵、お茶を飲んでいる。
謙太「早いものだ。もう十一月か」
郁恵「明奈が亡くなって、三ヶ月ね」
謙太「明奈の部屋、亡くなった当時のままだけど」
郁恵「あの部屋に入ると、涙があふれるのよ」
謙太「俺だってそうだよ」
郁恵「でも、明奈は私たちが悲しまないようにって明るく振舞ってたから、いつまでもめそめそしていては、いけないのよね」
謙太「そうだな。いつまでも明奈の思い出に浸っていては申し訳ないな。部屋を思い切って整理しようか」
郁恵「そうね」
○明奈の部屋
謙太夫妻、部屋を整理をしている。
郁恵が本立を整理していると「笑顔」
というタイトルのノートが出てくる。
郁恵、読み始める。文面(アップ)
明奈の声「八月九日、誕生日。今日から泣き事を言わない決心をした。残り少ない時間笑顔で生きていく」
郁恵「あなた、これ、明奈の日記よ」
謙太と郁恵が日記を読む。文面アップ。
明奈の声「八月十日 今日も一日泣き言を言わなかった。体中が痛いけど、痛いと言ってはダメ。笑顔を忘れない。
八月十一日 笑顔、笑顔。泣くのはこの部
屋だけよ。
八月十二日 今日も生きていた。泣かない
で 泣かないで、笑って、笑顔を見せるの
よ。頑張って」
謙太夫妻が日記を読んでいる。窓の外の木の葉っぱが飛び散っていく。部屋に飾ってある家族の写真などが映る。
XXX
明奈が泣きながら日記を書いている。
XXX
文面アップ
明奈の声「二十一 母さんが泣いてた。笑い顔で慰めてあげた。親孝行は母を慰めることぐらいしかできない。自分が悲しんだら母は悲しむ。
二十二 痛い。死にたい。でも、苦しいと
か痛いとか言ってはダメ。それが私の仕事
よ。痛くても頑張れ。笑って。
二十三 もうダメかも。笑顔よ、死んでも
笑って。最後の……」
謙太「そうだったのか」
郁恵、泣き崩れる。