シュートボールがよく入る
松尾隆 ⑯ 高校生
松尾冨美枝 ㊸ 隆の母
松尾健太郎 ㊻ 隆の父
松尾啓一 ⑱ 隆の兄、高校生
根本良夫 ㊿ 内科医
石原邦彦 ㊼ 体育教師
日比野哲也 ㉚ 数学教師
○松尾家・居間
ST 昭和三十四年
隆が冨美枝と円卓を囲んで話している。隣の部屋で啓一が寝ている。枕元にお盆。体温計、吸い飲み、タオル、薬瓶 薬の袋が載っている。
隆「お母さん、最近、胸が痛いんだけど」
冨美枝「痛いって?」
隆「うん、時々チクチクって」
冨美枝「なんだろうねぇ」
隆「咳も出るし」
冨美枝「いつから?」
隆「一週間ぐらい前から」
冨美枝「風邪じゃない?」
隆「そうかも。でも、胸が痛いんだ」
冨美枝「胸が痛い?」
隆「うん、時々」
冨美枝「変な病気じゃないだろうね。医者に行ったら」
隆「うん、あした行って来る」
○根本病院・診察室
隆が椅子に座って、肌着をまくりあげて、根本が聴診器を隆の胸に当てている。
根本「うむ、特に異常はないようですね。咳は風邪でしょう。でも、念のためレントゲン写真を撮っておきましょう」
○レントゲン撮影室
隆が上半身裸で、レントゲン写真を撮っている。
「息を吸って、止めて」の声。
○同・診察室
根本「明日また来てください。レントゲンの結果が出ますので。それから、咳止めの薬をだしておきますね」
隆「ありがとうございました」
○松尾家・居間
隆が両親と円卓を囲んで話している。
置時計が午後八時半を示している。
隣の部屋で啓一が眠っている。
隆「それで、レントゲン撮ったんだよ。あし
た結果が出るって」
冨美枝「変な病気じゃなきゃいいけど」
健太郎「お前、心配しすぎだよ」
冨美枝「だって、啓一のこともあるし」
隆「大丈夫だよ、母さん」
○根本病院・診察室
根本がレントゲン写真を見ている。
隆も見ている。
根本「ここに陰影があるでしょう」
隆「インエイって?」
根本「この白っぽい影ですよ。ここがかなり。
肺炎ですね。相当重いです。わたしも驚い
てるんですが。ひょっとすると結核かもし
れません」
隆「結核?」
根本「いや、結核と決まったわけではないんで」
隆「でも、肺炎か結核なんでしょ?」
根本「精密検査をしなきゃわかりませんが」
隆「兄さんが腎臓病なんです。私が結核だったら……」
根本「そうですか、大変ですね。……じゃぁ、精密検査のため、今から痰と血液を採取します」
○同・採血室
看護士が隆の痰を取り、採血する
○同・診察室
根本「結果は一週間後ですから、来週来てください」
隆「はい、あの……。明日から学校に行ってもいいのですか」
根本「ああ、勿論。まだはっきりしたことは分かりませんから」
隆「そうですか。ありがとうございました」
○松尾家・啓一が寝ている部屋
啓一の枕元で、隆が啓一と話している。
啓一「隆、お前、結核だって?」
隆「うん、医者がそうかも知れないって。痰と血、採られたよ」
啓一「そうか。結核だったら、俺たち二人共、親不孝もんだなぁ」
隆「そうだね。でも、まだ精密検査しなきゃ、はっきりしないよ」
啓一「でもなぁ。俺の病気、慢性だからなぁ。お前だけは健康で、と思ってたんだが……」
隆「大丈夫だよ」
啓一「そう願いたいよ。可愛そうだよ、親が」
○学校・体育館
体育の授業で先生がバスケットのシュートを指導している。
生徒の中に隆の顔。
先生がドリブルをしてボールをシュートすると、籠にすぽりと入る。
次に籠から離れてシュートする。上手く入る。
石原「じゃあ、シュートの練習をする。はい、
並んで。一人三回。上手く入ったら何回で
も。失敗するまでいいぞ」
生徒は順番にシュートする。シュートが決まらない。
四人目に隆が所定位置に立ちシュートする。スポリと入る。
2回目も入る。3回目も入る。
石原「松尾、お前いつからそんなに上手くな
ったんだ」
隆、4回目も、5回目も入る。生徒達から歓声。
石原「凄い。コツ、わかってるようだな」
隆「いえ、体育の授業は今日が最後になるの
で、真剣にやってるんです」
石原「最後?」
隆「病気で入院するかもしれないんです」
石原「お前、病気なのか」
隆、6回目も入る。
隆「結核らしいんです」
石原「結核? お前、体育やっていいのか」
隆「はい、医者がいいって言ってました。あ
した精密検査の結果が出ます」
石原「そうか。お前、兄さんも病気だったな」
隆「はい、だから……」
隆、7回目を失敗する。
○根本病院・診察室
隆、根本と向き合って椅子に座る。
根本、レントゲン写真を枠にはめ、見る。隆も見る。
根本「松尾さん、誠に申し訳ないんですが、この前のレントゲン写真、あれは、こちらの手違いでした」
隆「えっ?」
根本「あの写真は別の患者の写真でした。看護婦が持ってきた写真が、入れ替わってたのです。心配かけてすみませんでした」
隆「じゃあ、僕は結核じゃないんですね」
根本「あなたの写真はこれですが、肺はきれいです。何の異常もありません」
隆「ホントですか、異常ないんですね。親が喜びます。兄さんだって」
根本「すみませんでした。それから、咳は単なる風邪ですね」
隆「咳は出なくなりました。で、胸がチクチクするのは?」
根本「ああ、肋間神経痛です。たいしたことはありません」
○松尾家・啓一が寝ている部屋・夕方
啓一、起き上がっている。
冨美枝、啓一に食事を運び、枕元に座
る。啓一、食べだす。
啓一「隆、今日結果が出るって言ってたね」
冨美枝「ええ。でも結核だったら、と思うとね」
啓一「そんなことないよ。母さん、心配し過ぎだよ」
冨美枝「だといいがねぇ」
玄関の扉が開く音。続いて「ただいまあ」と言う隆の声。
終