2014年12月30日火曜日

ピサの斜塔から落ちた猫


   
ピサの斜塔から落ちた猫
 
 

酒井修斗 17 XX高等学校 2年生

後藤 涼 17 同校2年生、修斗の友達

山田博雄 57 同校教員(現代社会) 

松野郁夫 47 同校教員(生物)

佐竹和也 39 同校教員(物理)

生徒1,2,3


添乗員

 

XX高等学校・教室

   山田(現社)が授業をしている。生徒数、四〇名。その中に修斗と後藤。

山田「諸君はマーフィーの法則を知っているかね」

   後藤が手を挙げる。

山田「後藤」

後藤「はい、えっと、物事は願っていることの反対のことが起こるという法則です」

山田「そうだ。例えば、車を磨き終わったら、黄砂が降りだして、車が黄砂だらけになるとか、授業中にあてて欲しくない時に限って、先生にあてられるとかね」

修斗「先生」

山田「修斗」

修斗「バターを塗ったパンがテーブルから落ちるときは、バターを塗ってある面が下になって落ちる、というのもその法則ですか」

山田「そう。バタつきパンは必ずバターが塗ってある面が下になって落ちるんだよ」

生徒1「マジで?」

山田「嘘だと思ったら、今度、バタつきパンを誤って落としたとき、どちらの面から落ちたか見てみるといい」

   チャイムが鳴って、号令で生徒一同起立して、礼をする。 

 

○同じ教室

   松野(生物)が授業をしている。

松野「猫を飼ってる人いるか?」

   数名の生徒が手を挙げる。

松野「猫を飼ったことがある人は知っていると思うが、猫は高いところからほおり投げると、猫の習性で必ず足から着地するんだ。たとえ背中を下にして投げても、空中で回転して、足から着地するんだよ」

生徒2「どうしてですか」

松野「生物学的にはまだ解明されていないのだが、学説によると猫の三半規管が非常に発達しているからだそうだ」

 

○学校・教室

   昼休み。修斗と後藤が話している。

修斗「猫の話を聞いてから、どうもわからんのだけど」

後藤「お前もか、バタつきパンのことだろ?」

修斗「うん。バタつきパンを、バターの塗ってある面を上にして、猫の背中にくくりつけて、猫を高いところから落としたらどうなるんか」

後藤「習性で足から着地する……」

修斗「しかし、マーフィーの法則では、バターの塗ってある面が下になるように落下するから、背中から落ちるということになる」

修斗「実験してみよう」

 

○教室

   佐竹(物理)が授業をしている。

佐竹「ガリレオは、ピサの斜塔から大小二つの鉛の玉を同時に落とす実験をして、両方の玉が同時に地面に落下することを証明したんだ。つまり、重力による落下速度はその物体の質量の大きさに依らないということだ。ところで、ピサの斜塔は文字通り、傾いているから、落下の実験をするなら、ピサの斜塔はもってこいだ」

 

○学校・校門・夕方

   修斗と後藤が下校している。

修斗「猫の実験、できたらピサの斜塔でやりたいな」

後藤「しかし、イタリアだから」

修斗「日本に傾いた塔なんぞないのかなぁ」

後藤「聞いたことないね」

 

○学校・職員室前

   掲示板。アップ

「イタリア研修旅行(ローマ、バチカン・ポンペイ・ミラノ・ピサ)

期間:7月二十四日から八日間。

費用:XX万円

参加希望者は担任の先生まで」

 

○学校・会議室

   山田教諭と生徒が40人ほどいる。

山田「参加希望者多数につき、今からクジで20名に絞る」

生徒は順に箱に手を入れてクジを引く。

後藤「やった。当たった」

生徒3「うーん、はずれだ」

修斗「当たった、当たった」

 

○学校・教室

   放課後、修斗と後藤が話している。

後藤「パンとバターは日本から持ってけば いいけど、猫、どうしよう」

修斗「猫か。ま、現地調達だな」

後藤「無断拝借ね」

 

○イタリア・ピサ・ホテルロビー・夕方

   山田が生徒に話している。

山田「今から6時ま自由時間とする。ホテルから外に出てもいいが、ホテルの近辺だけにするように。また単独行動はダメだ」

 

○ピサ・細い街路

   修斗と山田がキョロキョロしながら歩いている。猫を見つける。猫を捕まえる。修斗は猫をバスケットに押し込む。

 

○ホテル前・朝

   バスに生徒たちが乗り込む。修斗はバスケを持って乗り込み、最後列に座る。隣に後藤。バスケの隙間から猫が見える(アップ)

 

○バスの中

   添乗員がピサの説明をしている。窓からピサの斜塔が見えてくる。

 

○ピサの斜塔前

   山田が生徒に話している。夏の太陽がぎらぎら照っている。

山田「今から4時30分まで自由行動とする。時間厳守で戻ってくるように」

 

○斜塔・階段

   修斗がバスケットを持って階段を登り、4階まで登る。鞄からバターとパンを取り出し、バターをパンに塗る。次に猫をバスケから取り出して、バターが塗ってある方を上にして猫の背中に紐でくくりつける。作業が終わると、猫を抱きかかえてバルコニーに向かう。

 

○斜塔4階・バルコニー

修斗、猫を抱えて下を見る。

修斗「後藤―、いいかー、投げるぞー」

 

○斜塔・地面

   後藤が上を向いている。

後藤「よーし、投げろ」

   

○斜塔・バルコニー

   修斗は猫を投げる。猫は落下していく。スローモーションで落下。

 

○斜塔・2階あたり

   猫が地上から一メートル半ぐらいまで落下したとき、落下を止めて、空中に浮く。しばらくして猫は空中で回転しだす。後藤が下から猫を見上げている。観光客が集まってくる。

 

○斜塔・階段

   修斗が急いで階段を下りている。

 

○斜塔・出口

   修斗が汗だくで塔から出てきて、後藤と二人で猫を見上げる。猫は回転している。修斗、時計を見る。4時30分。

後藤「集合時間だ」

修斗「猫、このままにするんか?」

後藤「先生に叱られるぞ」

猫がぐるぐる回転している。山田が群衆をかき分け現れる。

山田「集合時間だろ。何やってるんだ」

修斗「先生、あれ」

   山田、猫を見て驚く。  

修斗「マーフィーの法則の実験です」

山田「マーフィーの法則? 猫はいいから、バスが出るぞ」

後藤「でも、あの猫、無断拝借したから」

山田「盗んだのか」

修斗「実験のためです」

山田「どこの猫だ」

後藤「ホテルの近くです」

猫が回転をやめて、足から着地する。修斗が捕まえ、バスケに入れる。

 

○細い街路

   修斗、しゃがんで猫を抱えている。後藤が隣にしゃがんでいる。 

修斗「ご苦労さん」

後藤「目が回ったろう。ごめんな」

修斗、猫を放す。猫、走り去る。

後藤「でも、どうして足から着地したんだろう」

修斗「ああ、それはね、猫を捕まえた時、パンを見たら、バターがカンカン照りで、溶けて蒸発してしまったんだよ」

後藤「道理で」

修斗「今度は冬にピサに来て実験するか」

 

                  終

人面腫瘍


      人面腫瘍

 

亀田健太 30 XX会社、社員

人面おでき

真暁和尚 68 長松寺、住職

真照   19 長松寺、小坊主

青山由佳 24 XX会社、社員

浦田宏和 47 皮膚科医師


○亀田の部屋・真夜中

   亀田が起きて左手の二の腕を見ると腫れ物ができている。

亀田(M)「いつの間に? こんなおできが」

  

 

XX会社・営業課

   社員が働いている。亀田、あたりを気にしながら、シャツをまくる。おできが人面のようになっている(おできアップ)

 

○亀田の住むマンション・夜

   亀田がたこ焼きを食べ、酒を飲んで「笑点」を見ている。

おでき「けんた」

   健太が驚いて、周りを見る。

おでき「俺にも食わせろ」

   健太、シャツをまくっておできを見る。

健太「話せるんか」

おでき「当たり前よ。早く食わせろ」

   健太、たこ焼きを小さく切って、おできの口に入れる。おでき、食べる。

おでき「もっとくれ、それから酒も」

健太「おできの分際で」

おでき「なんだと、膿を顔にぶっ飛ばすぞ」

健太「わかった」

   健太、ストローで酒を飲ませる。

おでき「冷蔵庫になんかつまみがあるだろ」

健太「わかった、わかった」

   健太、冷蔵庫を開ける。

おでき「なんだ、野菜が全然ないじゃないか。野菜食わないと、体に悪いぞ」

健太「うるさい、お前は一体何ものなんだ」

おでき「おれはお前だ」

  

○健太自宅・朝

健太、携帯で電話している

健太「あの、○○皮膚科ですか。変なおできができて、診てもらえますか。じゃ、今から行きます」

   健太、別の電話をかける。

健太「XX会社ですか、営業の亀田です。風邪で病院に行きますので、遅刻します」

 

○皮膚科・診察室

健太、医者におできを見せている。

医者「人の顔に似てますな。で、症状は?」

健太「こいつ、酒は飲むし、飯は食べるし、話はするし、お節介なんです」

医者「ええっ、そんな。こんな腫瘍は世界初です。学会に発表しようと思いますが……」

おでき「健ちゃん、この医者、ヤブだよ」

健太「うるさい。お前は黙ってろ」

医者「前代未聞だ。ビデオと撮りますのでそのまま。君、ビデオを持ってきてくれ」

看護師がビデオを持ってくる。

医者「おできくん、君は一体何ものですか」

   おできは口をへの字に(アップ)

医者「機嫌をそこねたかな」

健太「先生、注射とか、薬はないですか」

医者「このような皮膚病は初めてで、正直、どう対処法がわかりません。日本中、いや、世界中どの皮膚科に行ってもわからんでしょうな」

   

XX会社・営業課

   健太が仕事をしている。

おでき「健ちゃん」

健太「なんだ、小さい声で話してくれよ」

おでき(小声で)「わかった。いまコピーとってる女、美人だな」

健太「由佳か、お前、目ざといな」

おでき「当たり前よ。お前が目ざといからな」

   由佳が近づいてくる

由佳「亀井さん、風邪ですって?」

健太「うん、まあ」

由佳「これ、喉にいいの」

   由佳、のど飴を健太に渡す。

健太「ありがと」

   由佳が立ち去る。

おでき「由佳、お前に気があるぞ」

隣の社員「何をぶつぶつ言ってるんだよ」

健太「あ、失礼」

おでき「思い切って告白してしまえよ」

 

○エレベーター・中

   健太と由佳だけが乗っている。

健太「さっきは、ありがとう」

由佳「早く治ってね」

おでき「チャンスだ、告白しろ。僕はあなたを愛しています。結婚して下さいって」

由佳「ええ? 誰? 今の」

健太「ごめん、僕の分身だよ」

由佳「分身?」

   エレベーターが開いて健太、降りる。

 

○コンビニ・中

健太はウイスキーを買う。

 

XX会社・洗面所

   健太がウイスキーをおできに飲ませている。営業課長が洗面所に入ってくる。

課長「勤務中にアルコールはいけないよ」

健太「あ、すみません」

 

○健太の自宅

   健太、コンピューター画面を見ている

健太「これがいい、ぴったりだ」

   画面アップ。宣伝文句。

「癌から腫瘍まで断食療法で治します。長松寺道場。真暁」

健太「……はい、では、二十日に参ります」

真暁「ああ、それから、精神集中をしますので、携帯電話やiPod類は持ち込み禁止です」

 

○長松寺・道場

   真暁がおできを見ている。

真暁「じゃあ、明日から断食に入ります」

   ST 「三日後」

 

○道場・朝

   健太が畳の部屋に座っている。健太の前に膳が並んでいる。膳の上には肉、魚介、果物、野菜等、ありとあらゆる食品が少量ずつ並んでいる。

真暁「今日から少しづつ食べて下さい。あなたでなくて、腫瘍に食べさせるのです」

   健太は肉、魚介、果物、海藻を少しずつおできの口に入れる。 

健太「次は野菜だ」

健太は、いろいろな野菜を与える。みょうがを食べさせようとすると、吐き出す。

おでき「こんなもん食えるか」

  真暁和尚が来る。

真暁「どうですか、なんでも食べるでしょう」

健太「はあ、でもみょうがだけは食べません」

真暁「そうですか。じゃ、酒を飲ませてさい」

健太、酒を飲ませる。

おでき「うまい酒だ。口当たりがいい。なんという酒だ」

真暁「鬼ころしです」

おでき「なに、鬼を殺すのか」

真暁「そうです。鬼を酒で殺すのですよ」

   真暁、奥に向かって、

真暁「真照、いるか」

真照「はーい」

真暁は真照に耳打ちする。真照、去る。

健太、酒をおできに飲ませる。

おできの顔が赤くなってくる。

   真照、お椀と箸とストローを持って来る。

真照「持ってきました」

真暁「よし、では治療を始めましょう。亀田さん、何があっても腕を動かさないでください。真照、おできの口を開けてなさい」

   真照、箸でおできの口をこじ開ける。真暁、ストローで汁を流し込む。

おでき「なんだ、これは」

   おでき、汁を吐き出す。

真暁「それ、もっと、口をこじ開けて」   

真暁、汁を流し込む。おでき、吐き出す。真暁、酒を汁に混ぜて飲ませる。次第にしかめ面が消えていき、人面おできが消えていく。庭の木々が窓から見える。おできが完全に消える。

健太「ありがとうございました。ところで、あれは、なんの汁ですか」

真暁「みょうがをすりつぶした汁です。みょうがが天敵だったのですよ」

 

○健太の自宅

   健太、携帯のメールを見る。由佳からのメールあり。メールの文面アップ

由佳の声「こんにちわ、青山です。この前エレベーターで分身さん?が言ってたことホントですか。近いうちにお茶しませんか」

 

○喫茶店

健太と由佳が話している。

由佳「そうでしたか、でも、治ってよかったですね」

健太「ところがね、なんか寂しいんだよ。おできが消えてから、生活にハリがなくなってしまって。あんなに本音をズバズバ言う存在がなくなると、なんだか俺、もぬけの殻みたい。おできがあると、うるさいけど、なくなると、寂しくなるって、人間って、勝手なもんだ」

 

○健太自宅・朝

   顔を洗って、手の甲を見ると人面おできらしきものができている。
 
コメント
 
最後は由佳が「私が分身になってあげる」と終わったほうがいい。