古い似顔絵
天野大輝 29(6) 高校教員
天野重雄 59(37)大輝の父 会社員
草笛律子 52(30)主婦 重雄の前妻
天野彩芽 45(23)重雄の後妻
草笛翔太 18 大輝の腹違いの弟
山田富美 56 重雄の妹
天野やえ 83 重雄の母
○天野家・居間
大輝が律子の似顔絵を描いている。
大輝「ちょっと、母さん、動かないでよ」
律子「あ、ごめん、ごめん」
大輝、描き終わった絵を律子に見せる。
律子「上手ね。この絵、母さんに頂だい」
大輝「いいよ」
○天野家・居間
テーブルをはさんで重雄、やえ、律子。
重雄「離婚したけりゃ離婚すればいいよ」
律子「勿論よ、あなたがそんなふしだらな男だとは思ってませんでした」
重雄「ふしだらとは何だ。真面目に付き合ってるんだ」
律子「愛人と? 真面目に?」
重雄「ああ、結婚するつもりだ」
律子「勝手にすればいいわ。大輝は連れてきますからね」
重雄「何言ってるんだ、置いておくのが当然だろう。お前、どうやって育てるんだ」
律子「どうにでも育てられますよ」
やえ「律子さん、重雄が彩芽と付き合ってるのは、もとはといえばあなたがだらしないからよ。大輝は天野家がしっかりそだてます。女手でこの世の中育てられるもんですか」
律子「育ててみせます」
重雄「どうしても連れていくというなら、離婚は取りやめだね」
律子「……」
重雄「さあ、どうするんだ」
律子「……置いていきます」
○天野家・玄関・タクシーが停まっている。
律子、大輝を抱いている。
律子「母さん、しばらく遠くに行くから、こローザ手紙書いてね」
大輝「どこへ行くの。早く帰ってきてね」
律子を乗せたタクシー発進。
○天野家・大輝の部屋
大輝、手紙を書いている。手紙アップ。
大輝の声「おかさんがどこかにいってから、きょうで三にちたちました はやくかえってきて てがみちょうだい だいき」
○天野家・玄関
重雄、玄関ポストから手紙を取り、律子の手紙を選び出し、ゴミ箱へ。
○天野家・居間
大輝と重雄が話している
大輝「お父さん、今日も母さんから手紙来てなかった?」
重雄「ああ、来てないよ」
大輝「おかしいなあ、もう二週間も来てないよ」
重雄「大輝、実はな、お前、子供だからわからないかもしれないけど、お母さん、別の男の人と暮らしているんだ。お前を捨ててね」
大輝「僕を捨てて?」
重雄「だから手紙書かないんだよ」
大輝「ほんと?」
重雄「そう、もうお母さんに手紙書かない方がいいよ。返事を書いてこないんだから」
○天野家・居間
ST 半年後
重雄、彩芽、大輝、話している。
重雄「大輝、こちら、今日から新しいおかあさんだ」
大輝「……」
彩芽「大輝ちゃん、よろしくね。はいこれ、プレゼントよ」
彩芽、紙袋を渡す。大輝、開ける
モデルガンが入っている。
大輝「わあー、すごい、開けていい?」
大輝、ガンを取り出し、彩芽と重雄を撃つ。
天野家・食卓・朝
大輝、重雄、彩芽、やえ、朝食中
大輝「なにこれ、この味噌汁、おかしいよ」
重雄「なにが?」
大輝「母さんの味噌汁と違う」
重雄「大輝、もうお母さんのこと言わないの、お前を捨てたんだから」
大輝「だって、この味噌汁」
重雄「そんなこと言わないの、お母さん一生懸命作ったんだから」
大輝「このおばさん、僕のお母さんじゃない!」
大輝、食卓を離れる。
○大輝の部屋
大輝、手紙を書いている。
大輝の声「お母さん、さいきんへんなおばさんがうちにきたよ みそしるまずいし はやくかえってきてよ てがみかいてよ……」
○天野家・食卓
ST 十年後
大輝、重雄、やえ、夕食を食べている。
大輝「今日も、彩芽さん、遅くなるの? もうコンビニ弁当なんて飽きたよ」
やえ「わたしが料理できなくてごめんよ。年で、手が思うように動かないんだよ。でも律子は今頃どうしてるかしら」
大輝「ばあちゃん、やめてよ、あんな僕を捨てた女の話は」
やえ「……それにしても、彩芽は変わったね」
重雄「大輝と合わないから、家にいたくないんだ」
大輝「大体、父さん、あんな女に騙されて、僕が家を出るよ。名古屋の高校へ行くよ」
やえ「大輝、家にいておくれよ、おまえがいないと、寂しいよ」
大輝「だって、いつも彩芽さんと喧嘩だよ、彩芽、すぐ実家に帰ってしまって、お父さんが呼び戻して。だから家出るよ」
やえ「そうねえ」
○開陽中高等学校・寮
ST 3年後
大輝、寮の個室で勉強している。
○名古屋中央高校
ST 十年後
大輝が教壇で英語の教鞭をとっている。
大輝「この関係代名詞の先行詞は……」
○同高校・休憩室
大輝、同僚と話している
同僚「この夏休み、先生、予定は?」
大輝「東京で開かれる英語教員研修に出ようと思ってますが」
○大輝の住むマンション・部屋・夕刻
大輝、郵便物を見ている。草笛翔太という差出人の封筒あり。
翔太の声「私は草笛翔太という者です。律子の息子で、あなたの腹違いの弟になります。驚かれたでしょうが、母があなたに会いたがっています。母は癌で余命一、二か月です。ぜひ会ってやってください。病院は虎の門病院、605号室です。」
大輝独り言「なにお今更、俺を捨てておいて」
○東京ガーデンパレスホテル・大輝の部屋
大輝に携帯電話がかかる
富美子「もしもし、私、富美子だけど、今東京に来てるんだって?」
大輝「えっ、おばさん? タイから戻ったの?」
富美子「ええ、テロがあってね、今、八王子に住んでるの」
大輝「よく電話分ったね」
富美子「お父さんに聞いたんよ。先生やってるって? 立派ね、一度会わない? 二十年ぶりかしら」
○喫茶店・夕方
大輝と富美子話している
富美子「ええっ! 大ちゃん知らなかったの? 律子さん、大ちゃんを捨ててなんかいないのよ。兄さんに愛人ができてね」
大輝「愛人? 彩芽さん?」
富美子「そう、だから離婚したの」
大輝「僕を捨てて?」
富美子「ちがうのよ、兄が大ちゃんを置いていかなかったら離婚しないって言ったのよ。だから、律子さん泣く泣く大ちゃんと別れたのよ」
大輝「でも、手紙書いても返事が来なかった」
富美子「兄が全部処分したのよ」
大輝「そんな」
富美子「だから、病院に行ってあげなさい」
○虎の門病院・六〇五号室
大輝が部屋に入ると律子が酸素マスクをつけている。翔太が付き添う。
大輝「天野大輝です」
翔太「兄さん! よく来てくれました。母さん、大輝さんだよ」
律子、目を見開き、酸素マスクから何か言っている。律子、茶棚を指で示す。翔太、茶棚の引き出しを開ける。似顔絵と手紙の束がある。律子、うなずいて大輝を指さす。翔太、大輝に絵と手紙を渡す。大輝受け取る。一つの封筒から便箋を出す。便箋にところどころ水滴のような跡。大輝、涙ぐむ。大輝、ベッドに行く。
大輝「お母さん! ごめん! ちっとも知らなかったんだ」
律子、涙顔。酸素マスクを外す。
律子「よく来てくれたね……大ちゃん……わたしの、大ちゃん……」
大輝、律子の手を握る。律子、息を引き取る。