2015年4月28日火曜日

傘をさす

傘をさす (テレビドラマ)
 
 
 

木下純一 18 高校3年生

木下茂雄 49 純一の父

木下容子 46 純一の母

山森洋次 44 本屋店長

近藤孝雄 58 純一の担任教師

校長

教頭

指導部長

学年主任

本屋店員

老人

 

○木下家・居間・夜

   テーブルを囲んで純一と両親が着席

茂雄「俺の代で医者つぶすんか」

純一「そうだよ。無理に継ぐことないよ」

茂雄「馬鹿言え。出来の悪い頭ならともかく、お前なら一発で受かるよ」

純一「受かるから医学部へ行けって?」

茂雄「そんなこと言ってないだろ。どうして嫌なんだ、医者になるのが」

純一「僕には別の生き方があるんだ」

茂雄「偉そうなこと言って。お前、デザインなんかやって、何が面白いんだ」

純一「お父さんには分からないよ」

茂雄「ああわからん。それで食ってけるのか」

純一「やってみなきゃわからないよ」

茂雄「第一、お前才能があるんか」

純一「あ美術の先生がそう言っったんだ」

茂雄「そんなの、あてになるか」

純一「河村塾でもほめられたよ」

茂雄「なんだ、その河村塾って」

純一「河村塾の美術コースに行ってるんだ」

茂雄「何? お父さんに黙ってか」

純一「どうせ許してもらえないから」

茂雄「親に隠れてか」

純一「お母さんは知ってるよ」

茂雄「なんだと、(容子を見て)本当か」

容子「……」

茂雄「そうか、二人で俺を馬鹿にしてるんだな。とにかく医学部に出願しろ。芸大に行くんなら、授業料を払わないからな」

   茂雄、立ってその場を離れる。

純一「くそっ!」

  

○山陽書店・店内

   純一、マンガを数冊袋に入れて出る。

 

○山陽書店近くの街路

   店員があわてて純一に追いつく。

店員「もしもし、本代をいただいてませんが」

純一「ああ、うっかりしてた」

店員「ちょっと、店に来てください」

 

○山陽書店・事務室

   テーブルを挟んで純一と店長

店長「うっかりだって? 万引きですよ」

純一「お金は払いますから。二倍払いますよ」

店長「馬鹿にするんじゃないよ! お前、北川高校の生徒だな。名前は何というんンだ」

純一「北川高校3年、木下純一」

店長「全然反省してないな」

   店長、電話をかける。

店長「北川高校ですか。こちら山陽書店ですが、お宅の生徒が万引きしましてね。はい、三年生の木下純一です。ちょっと、店まで来てもらえませんか」

   店長、受話器を置く。

純一「親には電話しないんですか」

店長「親? ……勿論。番号は?」

純一「831の6455」

店長、電話をかける。

看護師「はい、木下病院です」

店長「病院? 木下さんですか」

看護師「はい」

店長「純一君の親御さんと話したいんですが」

看護師「しばらくお待ちください」

容子「もしもし、純一の母ですが」

店長「わたし、山陽書店の店長ですが、純一君が万引きしましてね」

容子「ええっ、すぐ参ります」

   店長、受話器を置く。

店長「お前、木下病院の子か。マンガぐらい買う金あるだろ」

純一「はあ」

店長「お前、マンガが好きなんか」

純一「いや、別に」

 

○北川高等学校・校長室

   校長、教頭、生活指導部長、学年主任、担任の近藤教諭がテーブルを挟んで純一と茂雄の前に着席している。

指導部長「処罰は停学3日です」

茂雄「停学は重過ぎませんか」

指導部長「万引きは停学と決まっています」

茂雄「しかし、ほんのできごごろということもあります」

指導部長「できごごろでも故意でも万引きは万引きです」

茂雄「店員は、純一はうっかり払うのを忘れていたと言ったのですよ。故意の万引きならともかく、うっかり忘れたものを」

教頭「万引きした生徒は、うっかりとか、つい、とか言うんですよ。故意かうっかりかは、分かりませんので」

茂雄「そんな馬鹿な。しっかり調べれは、故意かうっかりかぐらいは分かるでしょう。第一、店員によると、純一は店から出て、ゆっくり歩いていたそうですよ。故意ならすぐ逃げるでしょうが」

教頭「しかし、もう処罰会議で決まり、職員会議も通ってますので」

茂雄「あなた方、それで教育者ですか。杓子定規で教育ができますか」

純一「お父さん、もう止めてよ」

茂雄「いや、お前は黙ってなさい」

純一「わざと盗んだんだから」

茂雄「何?」

純一「すぐ捕まるようにゆっくり歩いたんだ」

茂雄「なんだと?」

純一「だから、故意の万引きなんだ」

茂雄「……」

指導部長「では、規定通り、停学三日の処分にいたしますが。よろしゅうございますね」

   茂雄、うなだれる。

   校長以下先生達は退出。

近藤教諭と純一と茂雄が残る。

近藤「純一、お父さんと話があるから、ちょっと廊下で待っててくれないか」

   純一、部屋から出る。

近藤「お父さん、これは、お父さんに対する当てつけですよ。何か息子さんと問題があるのでは?」

茂雄「はあ、実は進路のことで、息子と意見が合わなくて」

近藤「と言いますと?」

茂雄「はあ、私は、代々続いた医者を継がせたいんですが、純一は芸大に進みたいって言うんです」

近藤「親の意見を押し付けると子供は反発しますよ」

茂雄「はあ」

近藤「最近、高校生が祖父をバットで殺した事件がありましたが、ご存知ですか」

茂雄「えっ」

近藤「その家は、東大出の家系なんです。その子の祖父も父親も親戚も東大出なんです」

茂雄「はあ」

近藤「で、その子は慶応にしか受からなかったんです。それで、元凶は祖父だと思ってバットで祖父をなぐり殺したんですよ」

茂雄「そうですか……」

近藤「ちょっと純一君と話しますので」

   近藤、部屋から出る。

 

○校長室前の廊下

近藤「お前、屈折してないか。まさか反抗のための反抗じゃないんだろうな」

純一「ええっ」

近藤「本当に、芸大に行きたいんだな、本当に」

純一「はあ……」

近藤「よく考えろよ」

純一「はあ」

近藤「じゃ、中に入って」

 

○校長室

   純一、茂雄、近藤がテーブルに着席している。

近藤「じゃあ、これで言い渡しは終わりますが。純一、しっかり反省するんだぞ。(茂雄に向かって)今日は、ご足労をおかけしました」

   近藤、立ち上がる。

   茂雄、純一も立つ。

茂雄「どうも、お世話になりました」

   茂雄、頭を下げる。

   純一も軽く頭を下げる。

   純一と茂雄、校長室を出る。

 

○学校・廊下

   純一と茂雄、黙って歩く。

 

○学校正門

純一と茂雄、黙って正門を出る。

 

○街路

   空が曇天になってくる。   

   二人黙って歩く。

   茂雄の顔アップ。

   フラッシュ

   XXX

近藤「あまり、親の意見を押し付けると子供は反発しますよ」

   XXX

   純一の顔、アップ。

   XXX

近藤「お前、屈折してないか。まさか反抗のための反抗じゃないんだろうな」

   XXX

 

○交差点

   信号で二人立ち止まる、

   すぐ横に老人が立つ。

   老人が急に倒れる。息苦しそう。

純一「お父さん!」

茂雄「心筋梗塞だ。お前、救急車を呼べ」

純一「はい」

   純一、携帯で一一九に電話する。

   茂雄、老人を寝かせて、バンドを緩め

て、人工呼吸をする。

純一「もしもし、老人が倒れました。救急車をお願いします。ここは、杁中交差点です」

   周りに人だかり。

茂雄、老人の胸を押さえて離す動作を

繰り返す。老人は意識不明。

雨が降ってくる。

純一、傘を茂雄の上にさす。

茂雄、懸命な人工呼吸。

救急車のサイレンが聞こえる。    

茂雄、懸命の人工呼吸。

老人、目を開ける。

救急隊員が担架を持って駆け付ける。

隊員、茂雄と話をして、老人を救急車に搬送。

救急車はサイレンを鳴らして雨の中を去っていく。

茂雄、純一のさす傘に入って歩き出す。

純一「助かって良かったね」

茂雄「ああ……」

二人、無言で歩く。

茂雄「お前、小学校の時、お父さんの絵を描いたことがあったな」

純一「うん……。それがどうかしたの」

茂雄「いや、あれ巧く描けてたから……」

二人が一つの傘に入って歩いていく。

 

              終