2014年8月31日日曜日

少年の切腹


河津(かわづ)左近  13  21 河津家、嫡男

河津内記      17 同次男

河津八麿     8 同三男

久藤(すけ)(つね)  44 52 源頼朝の寵臣

源頼朝       46 鎌倉幕府将軍

久藤祐康       22  久藤祐経の嫡男

武士数名

検視役

介錯人

 

○伊豆・奥地

   ST「建久四年(一一九三年)

   伊東祐継の死後、所領の相続を巡り、河津祐泰と久藤祐経の兄弟が争っていた」 

 

○河津家・屋敷

   郎党が河津家を襲っている。河津祐泰を見つけ、縛りあげ、久藤祐経の前に引きずり出す。

祐経「でかした。首を直ちに刎ねよ」

部屋の隅に米櫃があり、蓋がかすかにもちあがる。

 

○米櫃の中

   米びつの中に隠れている左近が蓋を上げた隙間から外を覗いている。祐泰が首を刎ねられる。

左近(M)「父上……」

 

○富士の裾野

   ST 八年後

約百人の武士が鹿狩りをしている。

 

 

 

○久藤祐経の陣所

   祐経が遊女を従え、酒を飲んでいる。

 

XXX

月が雲の間を縫って輝いている

   フクロウの鳴き声

XXX

 

深夜、祐経が眠っている。

   河津左近と内記が祐経の寝込みを襲う。

   祐経、目を覚ます。

左近「祐経、我は河津祐泰が子、河津左近」

内記「同じく、内記」

左近「よもや忘れまいな、父の敵、尋常に勝負しろ。太刀を取れ」

   祐経、傍らの太刀を取る。

祐経「うむ、小癪な、返り討ちにしてくれるわ」

   激しい斬り合いの末、祐経が殺される。

   騒ぎを聞きつけた家来数十人が駆けつけ、兄弟は取り押さえられ、縛られる。

 

○頼朝陣屋

   頼朝の前に縛られた左近と内記。

家臣「恐れながら、申し上げます。只今、久藤祐経の寝所に狼藉者が押し入り、久藤殿を殺害しました。いかが致しましょう」

   頼朝は兄弟の顔を見つめる。

頼朝「そちたち、如何なる訳にて我が家臣、祐経を殺したのか」

左近「陣中お騒がせ致しましたこと、お詫び致します。我ら兄弟は伊豆の所領を預かっておりました河津祐泰の子、左近と内記と申します。ご家臣の久藤祐経は、八年前、我らが父、河津祐泰を騙し討ちにした父の仇にございます。只今、長年の恨みを果たしました。いかなるご処分も覚悟の上でございます」

家臣「殿の陣中でこのような狼藉、切り捨てましょう」

頼朝「いや、仇討ちじゃ、そこまでしなくても……」

久藤祐康「殿、仇討ちとは言え、殺されたのは殿の重臣、私にとりましては父でございます。殿の重臣を殺した者をこのまま生かしておいては、殿の威厳、否、幕府全体の威厳に関わります。仇討ちとは言え、殿の陣屋を血で汚した狼藉者にございます。ここは厳しく臨まれ、是非とも打ち首にしていただきとう存じます」

頼朝「そうか。あい分かった。お前の言い分にも筋がある。ただしこの兄弟、れっきとした武士の子である。武士の面子を立て、切腹させよ」

久藤祐康「では、しきたりに則り、切腹を申し付けます」

   ST 当時、切腹を申し渡された者は

一族の男子は全て切腹するというしきたりがあった。左近と内記にはまだ八歳の弟、八麿がいた。

 

○伊豆・善修寺・一室 

   正面に仏壇。仏壇を背面にして、左近、内記、八麿が座している。

三兄弟の正面中央に頼朝、その隣に久藤祐康、左右に数名の家臣、検視役、介錯人など。

家臣「いざ、切腹召されよ」

左近「では、八麿よりまず腹切られい。切り損じなきよう見届けてくれよう」

八麿「兄者、私は、いまだ切腹を見たことがありません。ですから、兄様達の作法を見て、その後に続きとうございます」

左近「おお、そうであったな」

左近は八麿の顔をとくと眺め、涙ながらに微笑んで言う。

左近「よくぞ申した。それでこそ我らが父の子なるぞ」

左近は家臣に向かって、

左近「お聞きのとおり、末の弟は、我らを手本にして切腹いたす所存でございます。出来ますれば、弟八麿を我ら兄弟の間に座らせとう存じます」

家臣は頼朝の顔を見る。

家臣「如何いたしましょう」

頼朝「おお、苦しゅうない。望むようにしてやれ」

内記と八麿が立って、位置を替わり、 左近と内記の間に八麿が座わる。

家臣「しからば、切腹なされよ」

   左近は座したまま左右の検視役に交互にうやうやしくお辞儀をし、百八十度後ろに向き直って座り直し、安置された仏像に二度礼拝し、仏像を背に座り直すと、頼朝をきっと睨む。家臣が三宝を両手で持って左近の前に進み出る。三宝の上には白紙に包まれた短刀が置いてある。家臣は三宝を左近の前に置き、一礼して引き下がる。左近は三宝を両手で持ち上げ、うやうやしく頭の高さまで捧げ、自分の前に置く。

左近「拙者、只今、切腹致す。各々方にはご役目、ご苦労に存じおり候」

   左近は着衣を開き、上体を露にし、おもむろに短刀を取り上げ、しばし短刀を見つめ、周りをぐるりと眺めて、八麿言う。

左近「八麿、しかと見よ」

八麿「はい」

   左近は腹の左側に短刀を突き刺して言う。

左近「見よや八麿、会得せしか。あまりに深く掻くべからず。仰向けにたおれるがゆえに。仰向けに倒れるは恥ぞ。前にうつ伏せ、膝を崩すべからず」

八麿は身じろぎもせず、左近を見る。 左近は腹を掻き切ると、介錯人が首を刎ねる。次いで、内記の前にも左近と同様に三宝が置かれる。内記も仏像に礼拝し、正面に向き直って、短刀を持って八麿に言う。

内記「よいか、八麿」

八麿「はい」

   内記は腹に刃を突き刺しながら言う。内記「目を刮っと開けよや。さもなくば女の  

死顔に似たるそ。切尖が(はらわた)に触るとも、力たわむとも、勇を鼓して引きまわせ」

内記も介錯される。

八麿は二人の兄を 交互に見る。

ややあって、検視役が三宝を持って八麿の前に置く。

八麿は後ろを向いて仏像に礼拝し、正面に向き直ると静かに上体を露わにして、短剣を取る。短剣を持ち、倒れたままの左近と内記を見つめて、

八麿「兄者人、今立派に切腹致します。見ていてください」

 

XXX

介錯役の太刀が空を切る。

「えい!」という声。

烏が一声鳴いて飛んでいく。

XXX

 

頼朝「あっぱれな切腹であった。手厚く葬ってやれ」

   

○善修寺境内・墓場

   三兄弟の墓が並んでいる。左から「左近」、次が小さめの墓石に「八麿」、次に「内記」と墓石に刻まれている。

                  終
 
批評
ドラマ(葛藤)がない。頼朝の心のブレ、八麿の母の悲痛な叫びなどを描くべき。
頼朝の時代に、このような形式ばった切腹があったろうか。
単なる切腹のマヌアルを海田に過ぎない。
 
実はこの話は、曽我兄弟の仇討ちと、新渡戸稲造の「武士道」に出てくる、切腹の話を足して出来たもの。
やはり、人間の葛藤を描かないとドラマにならない。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年8月3日日曜日

月夜の湖


一行法師  (40) 50  唐、渾天寺住職

慈念       26  渾天寺、修行僧

花琳   (55) 65  農家の老女

張偉       36  王花琳の息子

玄宗       45  唐の皇帝

 


○山道

ST 約千三百年前、唐の時代

山道を歩く一行。日没近く。

一行、山道で休憩している。突然、蝮

が現れ、一行の足を噛む。(アップ)

一行は倒れ、足を見ると牙の跡。足が

紫色に腫れあがる。呼吸困難となる。

一行「誰か、誰か……」   

   誰もいない。

一行、唇を震わせ、倒れたまま。

 

   XXX

木立、山々の景色

XXX

 

一行「こんな山の中で……死ぬのか」

 

○山道

花琳が柴を担いで歩いてくる。

一行に 気がついて駆け寄る。

花琳「どうしました」

一行「……蝮に……足を」

花琳、足を見る。膨れあがっている。

自分の着物の裾を破り、紐を作る。

一行の脛の上部を縛り、枝を紐の輪に通して、ねじり上げる。

傷口に口を当て血を吸い出す。何度も。

花琳「こいで大丈夫。薬草探してきますだ」

   一行、頷ずく。

花琳、雑木林に入る。

 

   XXX

   日が沈む。夕焼け空

   XXX

   

一行「ありがとうございました。お陰さまで助かりました」

花琳「よかった」

一行「あなたは、命の恩人です」

花琳「とんでもねー。だけんど、まだ身体が治ってねーから、わしんちで一晩休んでいきなさいな」

一行「それは、かたじけない」

 

○花琳の家・玄関前

   早朝

一行「本当にお世話になりました。この御恩は一生忘れません。僭越ですが、何かお困りの時は都の渾天寺をお尋ねください。私は渾天寺住職の一行と申します」 

花琳「コンテンジって、あの渾天寺でごぜーますか、天子様がお参りされるちゅう」

一行「左様です」

花琳「こりゃたまげた。あんた、そんな偉いお坊様だったんですか。これは、これは、大変失礼しましただ」

一行「いえいえ、とんでもない」

   一行は合掌して立ち去る。

   花琳、見送る。

 

○渾天寺・本堂内

   ST 十年後

   花琳が一行と向き合って座っている。

花琳「おねげーします。おねげーします。これ、このとーりです」

一行「困りましたな。決してあなた様の御恩は忘れてはいませんが、こればっかりは」

花琳「そこをなんとか、わしの息子です。わしの命

を助けると思って、おねげーしますだ。」

一行「いや、もし、金や絹をお望みなら、いかほどでも差し上げましょうが、人殺しの息子さんを助けるなどということは到底出来ません。私がお上にお願いしたところで取り上げないに決まっています。残念ですが、こればかりは、私の力ではどうしようもありません」

花琳「へえー、ではなんですか、嘘だったんですかい。御恩は一生忘れませんとか、お困りの時は訪ねてくれとか。そんな出鱈目言って、年寄りを騙したんだな。お前なんか蝮に食われて死んじまえばよかったんだよ」

   花琳、立ち去る。

一行()「はて、困ったものだ」

 

○渾天寺・花琳の部屋・夜

   一行が寺の窓から湖を眺めている。

   月が湖に映っている。

一行「そうか、そうしよう。慈念、慈念はいるか」 

   慈念、部屋に入る

慈念「はい、お呼びですか」

一行「頼みがあるのだがな。庫裏に大きな水甕があるじゃろ。あの甕を納屋に持って行ってくれないか」

慈念「はあ」

一行「持っていたら甕を納屋に置いて、入口の扉を開けたまま、子の刻まで待っていてもらいたい」

慈念「はあ」

一行「子の刻になると、白い豚が納屋に入ってくるから、捕まえて水甕の中に押し込めてもらいたい。押し込めたら蓋をして、わたしを呼びに来てくれ」

慈念「分かりました」

   

○納屋の中・真夜中

   慈念が甕を前にして座っている。入口から白豚が突進する。慈念、豚を捕らえ、水甕の中に入れ、蓋をする。

 

○一行の部屋の前・廊下

慈念「和尚様、捕まえました」

一行(声)「でかした、今行く」

 

○納屋の中

   一行、甕の中を覗き、蓋をして、その上に墨で梵語文字を書く。

合掌して、呪文を唱える。

 

○宮廷・皇帝の間・朝

   玄宗の前に一行が座している。

玄宗「おお、一行か、よく来た。そちを呼んだのは他でもない、ちと訊きたいことがあってな。実は、昨夜の夜警が言うには、真夜中に月が消えてしまったそうじゃ」

一行「夜警の見間違いではございませんか。雲に隠れたとか」

玄宗「余もそう思ってな、侍従や女官に訊いたところ、昨夜は雲一つない星空だったそうじゃ。それに、皆が口を揃えて月が消えたと言うのだ」

一行「それは、不思議な……」

玄宗「それでじゃ、そちは、この不思議な現象をどう思うか」

一行「もし月が消えたのが本当なら一大事です」

玄宗「一大事?」

一行「これは、天の怒り、大凶の兆候です」

玄宗「うむ、余も不吉な予感がするのだが」

一行「このまま捨て置くと、疫病が蔓延し、大飢饉が起こり、天と地が裂けるでしょう」

玄宗「それは真か、なにか手立てはないのか」

一行、しばらく考える。

一行「一つだけ方法がございます」

玄宗「おお、それは何じゃ」

一行「寛容です。寛容の心を示すことです」

玄宗「寛容?」

一行「言いにくいことを申し上げますが……」

玄宗「かまわぬ。申せ」

一行「では申します。このところ罪人の処罰が大変厳しくなっております」

玄宗「罪人を厳しく処罰するのは当然だが」

一行「それは、その通りでございます。しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし、と申しまして、厳しすぎるのは返って逆効果です」

玄宗「逆効果? で、そのことと寛容と、どういう関係があるのか」

一行「世の中、何事も釣り合いが大切でございます。森羅万象、均衡の上に成り立っております。しからば、今まで厳しすぎたことに対して、逆に寛容の心を示すのです。釣り合いを保つため」

玄宗「寛容の心を示すとは?」

一行「大赦です。罪人を許すのです」

玄宗「そうすれば、天は怒りを鎮めるのか」

一行「はい」

玄宗「そうすれば、大凶が回避でき、月が元のように輝くと言うのか」

一行「はい」

玄宗「では、明日大赦令を出すが、明日の晩、月が出なければ、そなた、如何致す所存ぞ」

一行「命を懸けます」

玄宗「分かった」

 

○宮廷・正面玄関前

   「大赦令」と書いた立札。

「罪人の刑罰をすべからく免除する」

 

○湖・夜

   湖の上に舟が浮かび、水甕の前後に一行と慈念が乗り、船頭が船を漕いでいる。湖の真ん中まで漕ぐと、慈念が水甕の蓋を開け、白豚を出して、湖に放つ。豚は一旦、湖に沈みかけるが、白く光り、夜空に昇っていき、月となる。

 

○花琳の家

   張偉が玄関から飛び込んできて、花琳に抱きつく。

張偉「おっかさん!」 

花琳「張偉!」 

                 おわり

 

 

岡本綺堂著『中国怪奇小説集』を脚色した。

批評:
① 張偉が人殺しであるのに恩赦で許されるのは説得力がない。無実の罪であるのに処刑されるところを救われるようにしたほうがいい。
② 一行が命をかけるほどの恩義を受けていない。原作どうり、子供の頃に花琳に育てられたとしたほうがいい。