2014年8月3日日曜日

月夜の湖


一行法師  (40) 50  唐、渾天寺住職

慈念       26  渾天寺、修行僧

花琳   (55) 65  農家の老女

張偉       36  王花琳の息子

玄宗       45  唐の皇帝

 


○山道

ST 約千三百年前、唐の時代

山道を歩く一行。日没近く。

一行、山道で休憩している。突然、蝮

が現れ、一行の足を噛む。(アップ)

一行は倒れ、足を見ると牙の跡。足が

紫色に腫れあがる。呼吸困難となる。

一行「誰か、誰か……」   

   誰もいない。

一行、唇を震わせ、倒れたまま。

 

   XXX

木立、山々の景色

XXX

 

一行「こんな山の中で……死ぬのか」

 

○山道

花琳が柴を担いで歩いてくる。

一行に 気がついて駆け寄る。

花琳「どうしました」

一行「……蝮に……足を」

花琳、足を見る。膨れあがっている。

自分の着物の裾を破り、紐を作る。

一行の脛の上部を縛り、枝を紐の輪に通して、ねじり上げる。

傷口に口を当て血を吸い出す。何度も。

花琳「こいで大丈夫。薬草探してきますだ」

   一行、頷ずく。

花琳、雑木林に入る。

 

   XXX

   日が沈む。夕焼け空

   XXX

   

一行「ありがとうございました。お陰さまで助かりました」

花琳「よかった」

一行「あなたは、命の恩人です」

花琳「とんでもねー。だけんど、まだ身体が治ってねーから、わしんちで一晩休んでいきなさいな」

一行「それは、かたじけない」

 

○花琳の家・玄関前

   早朝

一行「本当にお世話になりました。この御恩は一生忘れません。僭越ですが、何かお困りの時は都の渾天寺をお尋ねください。私は渾天寺住職の一行と申します」 

花琳「コンテンジって、あの渾天寺でごぜーますか、天子様がお参りされるちゅう」

一行「左様です」

花琳「こりゃたまげた。あんた、そんな偉いお坊様だったんですか。これは、これは、大変失礼しましただ」

一行「いえいえ、とんでもない」

   一行は合掌して立ち去る。

   花琳、見送る。

 

○渾天寺・本堂内

   ST 十年後

   花琳が一行と向き合って座っている。

花琳「おねげーします。おねげーします。これ、このとーりです」

一行「困りましたな。決してあなた様の御恩は忘れてはいませんが、こればっかりは」

花琳「そこをなんとか、わしの息子です。わしの命

を助けると思って、おねげーしますだ。」

一行「いや、もし、金や絹をお望みなら、いかほどでも差し上げましょうが、人殺しの息子さんを助けるなどということは到底出来ません。私がお上にお願いしたところで取り上げないに決まっています。残念ですが、こればかりは、私の力ではどうしようもありません」

花琳「へえー、ではなんですか、嘘だったんですかい。御恩は一生忘れませんとか、お困りの時は訪ねてくれとか。そんな出鱈目言って、年寄りを騙したんだな。お前なんか蝮に食われて死んじまえばよかったんだよ」

   花琳、立ち去る。

一行()「はて、困ったものだ」

 

○渾天寺・花琳の部屋・夜

   一行が寺の窓から湖を眺めている。

   月が湖に映っている。

一行「そうか、そうしよう。慈念、慈念はいるか」 

   慈念、部屋に入る

慈念「はい、お呼びですか」

一行「頼みがあるのだがな。庫裏に大きな水甕があるじゃろ。あの甕を納屋に持って行ってくれないか」

慈念「はあ」

一行「持っていたら甕を納屋に置いて、入口の扉を開けたまま、子の刻まで待っていてもらいたい」

慈念「はあ」

一行「子の刻になると、白い豚が納屋に入ってくるから、捕まえて水甕の中に押し込めてもらいたい。押し込めたら蓋をして、わたしを呼びに来てくれ」

慈念「分かりました」

   

○納屋の中・真夜中

   慈念が甕を前にして座っている。入口から白豚が突進する。慈念、豚を捕らえ、水甕の中に入れ、蓋をする。

 

○一行の部屋の前・廊下

慈念「和尚様、捕まえました」

一行(声)「でかした、今行く」

 

○納屋の中

   一行、甕の中を覗き、蓋をして、その上に墨で梵語文字を書く。

合掌して、呪文を唱える。

 

○宮廷・皇帝の間・朝

   玄宗の前に一行が座している。

玄宗「おお、一行か、よく来た。そちを呼んだのは他でもない、ちと訊きたいことがあってな。実は、昨夜の夜警が言うには、真夜中に月が消えてしまったそうじゃ」

一行「夜警の見間違いではございませんか。雲に隠れたとか」

玄宗「余もそう思ってな、侍従や女官に訊いたところ、昨夜は雲一つない星空だったそうじゃ。それに、皆が口を揃えて月が消えたと言うのだ」

一行「それは、不思議な……」

玄宗「それでじゃ、そちは、この不思議な現象をどう思うか」

一行「もし月が消えたのが本当なら一大事です」

玄宗「一大事?」

一行「これは、天の怒り、大凶の兆候です」

玄宗「うむ、余も不吉な予感がするのだが」

一行「このまま捨て置くと、疫病が蔓延し、大飢饉が起こり、天と地が裂けるでしょう」

玄宗「それは真か、なにか手立てはないのか」

一行、しばらく考える。

一行「一つだけ方法がございます」

玄宗「おお、それは何じゃ」

一行「寛容です。寛容の心を示すことです」

玄宗「寛容?」

一行「言いにくいことを申し上げますが……」

玄宗「かまわぬ。申せ」

一行「では申します。このところ罪人の処罰が大変厳しくなっております」

玄宗「罪人を厳しく処罰するのは当然だが」

一行「それは、その通りでございます。しかし、過ぎたるは及ばざるがごとし、と申しまして、厳しすぎるのは返って逆効果です」

玄宗「逆効果? で、そのことと寛容と、どういう関係があるのか」

一行「世の中、何事も釣り合いが大切でございます。森羅万象、均衡の上に成り立っております。しからば、今まで厳しすぎたことに対して、逆に寛容の心を示すのです。釣り合いを保つため」

玄宗「寛容の心を示すとは?」

一行「大赦です。罪人を許すのです」

玄宗「そうすれば、天は怒りを鎮めるのか」

一行「はい」

玄宗「そうすれば、大凶が回避でき、月が元のように輝くと言うのか」

一行「はい」

玄宗「では、明日大赦令を出すが、明日の晩、月が出なければ、そなた、如何致す所存ぞ」

一行「命を懸けます」

玄宗「分かった」

 

○宮廷・正面玄関前

   「大赦令」と書いた立札。

「罪人の刑罰をすべからく免除する」

 

○湖・夜

   湖の上に舟が浮かび、水甕の前後に一行と慈念が乗り、船頭が船を漕いでいる。湖の真ん中まで漕ぐと、慈念が水甕の蓋を開け、白豚を出して、湖に放つ。豚は一旦、湖に沈みかけるが、白く光り、夜空に昇っていき、月となる。

 

○花琳の家

   張偉が玄関から飛び込んできて、花琳に抱きつく。

張偉「おっかさん!」 

花琳「張偉!」 

                 おわり

 

 

岡本綺堂著『中国怪奇小説集』を脚色した。

批評:
① 張偉が人殺しであるのに恩赦で許されるのは説得力がない。無実の罪であるのに処刑されるところを救われるようにしたほうがいい。
② 一行が命をかけるほどの恩義を受けていない。原作どうり、子供の頃に花琳に育てられたとしたほうがいい。

 

 

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