極上のもち肌
山田誠一 79 (39)元商事会社社員
山田順子 71 (31)誠一の妻
林由美 (23)商事会社社員
商事会社社員数名
医師
看護師
○N病院・玄関
山田と順子がとタクシーに乗り込む。医師や看護師達見送る。蝉の声。
山田「ありがとうございました」
順子「お世話になりました」
タクシー発進。
○山田家・和室
山田誠一が布団に横たわり、枕元に順
子。蝉の声。
山田「すまんなぁ、お前には感謝してるよ」
順子「何言ってるのよ。当たり前のことしてるんじゃない。それより早く良くなってよ」
山田「ああ、でも、胃を取っちゃたからなぁ」
順子「胃がなくても元気な人、一杯いるのよ」
山田「そうかぁ?」
順子「野球の王さんね、胃、全部摘出してるけど、高校野球の始球式やるのよ」
山田「へーぇ、すごいね」
順子「弱気はだめよ、また温泉旅行にでも出かけましょうよ」
山田「ああ」
山田「あのな、順子。実は……この際、謝っておきたいことがあるんや」
順子「謝るって?」
山田「四十年前のことだけど」
順子「なによ、そんな昔のこと」
山田「いや、この際、謝っておきたいんや」
順子「ひょっとして、あの娘のこと? 何て名前だったか」
山田「由美だよ」
順子「ああ、でも、あの時あなたきちんと謝ったじゃない」
山田「いや、もう一度謝りたいんだ」
順子「もういいわよ、そんな昔のこと。もう時効よ」
○M商事株式会社・社員食堂(回想)
ST 四十年前
山田、由美、数人の社員が同じテーブルで昼食を食べている。
山田「きのう『未知との遭遇』見てきたよ。すごい映画だよ。さすがスピルバーグだね」
男性社員1「へーえ、そんなにいいんですか」
女性社員「SFものでしょ? 女性でも面白いかしら」
山田「勿論。お薦めだよ」
男子社員2「じゃ、今度見に行こう」
山田「俺ももう一度見に行くつもりだ」
由美「あのう……」
男性社員2「おっと、もう一時だ」
みんな立ち上がる。
○M商事・廊下
山田が由美とすれ違う。
由美「あ、山田さん」
山田「えっ」
由美「あのう、お昼に話していた映画、もう一度見に行くってほんとですか」
山田「ああ、もう一度見たいと思ってるよ」
由美「じゃあ、ご一緒させてもらえませんか」
山田「ええっ、林さん、友達といかないの?」
由美「いえ、山田さんと一緒に見たいんです」
山田「私は構わないけど、独身女性が妻子ある男と映画行っていいの? 親は何とも言わない?」
由美「親は私のこと干渉しない主義です」
山田「でも、それって、まずいよ」
由美「あの映画、来週中やってますから、ご返事待ってます」
由美、軽く頭を下げて去る
○山田家・玄関・朝
山田、出勤するところ。
山田「今日遅くなるかも知れん。電話するよ」
順子「ええ」
○M商事・営業課
時計が6時。山田が電話している。
山田「やはり、残業だ。遅くなるよ」
順子「分かったわ」
○映画館・中
『未知との遭遇』一場面。山田、由美
の手を握る。由美は山田の手に自分の
手を添える。
○映画館・外・街路・夜
山田と由美、映画館を出て並んで歩く。街のネオンサインなど。
山田「軽く食事していこうか」
由美「ええ」
○山田家・玄関・夜
山田、帰宅する。
山田「ただいまぁ」
順子「お帰り、大変ね、遅くまで」
山田「ああ、疲れたよ」
○山田家・リビングルーム
山田と順子、コーヒーを飲んでいる。
順子「あなた最近残業多いけど、大丈夫?」
山田「ああ、適当に手抜きしてるから」
順子「そう。無理しないでね。あなただけの身体じゃないんだから」
山田「分かってるよ」
順子「私のほかにもう一人いるのよ」
山田「もう一人って?」
順子「こローザ」
順子腹を触る。
山田「ええっ、じゃあ、そうか! もうだめかと思ってた」
順子「わたしもよ」
山田「身体大事にしろよ」
順子「ええ」
山田「そうそう、この前、中西に会ってね」
順子「あの中西さん?」
山田「ああ、中西から今度の日曜日、ゴルフ旅行に行かないかって、誘われたんだ」
順子「中西さんと二人で行くの?」
山田「いや、他に三人いて合計五人だよ。でも止めとこか、お前、その身体だから」
順子「心配ないわよ。行って来たら」
山田「すまんな」
○山田家・玄関前・朝
山田、車にゴルフ道具を積み込み発進。
山田「じゃ」
順子「気をつけてね」
○T高原・湖畔沿いドライブウエイ
山田が運転する車の助手席に由美。
由美「大丈夫なの?」
山田「大丈夫だって、ゴルフ旅行に行ったことになってるんだから」
○T高原・Aホテル・駐車場
山田の車が止まり、山田と由美、下車。
○Aホテル・展望レストラン
テーブルに山田と由美。湖畔夜景。
山田「こんな素敵な夜はないなぁ。由美のような可愛い娘とこうして」
由美「わたしも、とっても幸せ」
山田「じゃ、由美の幸せを祈って乾杯するか」
山田、由美「乾杯!」
○山田家・リビングルーム
順子、山田のスーツのポケットから由美の写真(長い髪)を発見。
順子「あなた、これ誰なの?」
順子、写真を見せる。山田うろたえる。
山田「俺、知らないよ。どこにあった?」
順子「ここよ、このポケットよ」
山田「誰かのいたずらだ。会社の同僚の。ひどい奴だ」
順子「あなた、浮気してるんじゃない? 黙ってたけど、車の助手席に長い髪があったのよ。ゴルフ旅行から帰ってきた車の中に」
山田「そりゃ何かの間違い……」
順子「いい加減にしてよ! 子供が生まれてくるから、私ずっと我慢してたの。どうして私を裏切るのよ、どうして、どうして!」
順子泣き崩れる。
山田「……すまん。悪かった」
順子「悪かったで済むと思ってるの! 私悔しい! もう離婚よ!」
順子、泣いて山田を何度も両手で叩く。
山田「すまん。由美には振られたんだ。散々貢がせて。ひどい女だ。最近結婚したよ」
順子「あなたが馬鹿だからよ。私がいるというのに。じゃあ手を切ったのね?」
山田「ああ」
順子「信用していいのね」
山田「ああ。悪かったよ」
(回想終り)
○山田家・和室
山田が布団に横たわり、枕元に順子。蝉の声。
山田「いや、もう一度謝りたいんだ」
順子「何言ってるのよ。もういいわよ、そんな昔のこと。もう時効よ」
山田「でも」
順子「いまさら、何を謝るの」
山田「時効ならこの際、正直に言うけど。実は俺、由美が結婚してからも会ってたんだ」
順子「ええっ」
山田「あれから出張でよく大阪へ行ったろ」
順子「噓なの!」
山田「噓だよ。由美の旦那の留守に家に行ってね。そのこと今謝りたいんだよ」
順子、形相が変わり、手を震わせる。
山田「由美の身体、敏感に反応してね。それ
に肌がね、お前のサメ肌と違って、もち肌
だったよ。極上の」
順子、山田の首を絞める。山田、目を剝いて手足をバタつかせる。
山田、抵抗しなくなり、ぐったりする。
順子、目から涙。
終
0 件のコメント:
コメントを投稿