山田佳代 主婦 三十歳
山田冨美江 主婦 五十八歳
山田翔太 会社員 三十四歳
山田剛 一歳
○山田家・リビングルーム
佳代は額を片手で押さえ、顔をしかめ、テーブルの上に置いてある頭痛薬(アップ)を口にいれ、水を飲む。部屋の壁時計が6時三十分を指している。
インターホンの音が聞こえる。
佳代、インターホンに出る。
佳代「はい、どちら様ですか」
冨美江「わたしだよ」
佳代「あ、お義母さん」
○玄関
冨美江、紙袋をさげて立っている。
佳代「どうぞおあがりになって」
○リビングルーム
冨美江がテーブルについて、紙袋から包をとりだす。
佳代がお茶を持ってくる。
冨美江「翔太はまだ帰って来てないの?」
佳代「もう帰ってくる頃ですが」
冨美江「いいものを持ってきたよ」
冨美江は包を開けると、中に、いかなごの釘煮。
冨美江「これ、作ったの」
佳代「あ、すみません。あの、申し訳ないで
すが、今、頭が痛いので、お義母さんのお
相手ができませんので、翔太さんが帰るま
でお待ちください」
冨美江の顔が一瞬ひきつる。
冨美江「そう、それはいけないわ。ゆっくり
休んでて頂だい。わたしにかまわず」
佳代「それじゃ。すみません」
佳代、別室に引き下がる。
ST「玄関の扉が開く音」
翔太が鞄を持って居間に入ってくる。
翔太「ただいま……。おかあさん、どうしたんですか、一人で」
冨美江「佳代さん、頭が痛いとかで、相手を
してくれないのよ」
翔太「頭が痛い?」
冨美江「ふん、どうだか。それより、お前の
好きな釘煮持ってきたよ」
冨美江、包みを開ける。
翔太「えっ、こんなにたくさん?」
冨美江「朝から煮つめて作ったのに、佳代さんたら、ねぎらいの言葉もかけないのよ。礼儀知らずね。見向きもしないし」
翔太「頭痛でしょ」
冨美江「わたしと話したくないんだよ。嫌な娘ね。じゃ、わたしは、これで帰るわ、お前の顔も見たし」
○リビングルーム
佳代と翔太が夕食を食べている。
翔太「頭痛、もういいのか」
佳代「ええ、だいぶ。急にお義母さんが来て、頭が痛いやらで」
翔太「おかあさんが、お前のこと愚痴ってたよ。せっかく持ってきたのに、お礼も言わない。相手もしない。見向きもしない。お茶一杯で、礼儀を知らないって」
佳代「頭が痛いからって言ったわよ」
翔太「そうらしいね」
佳代「わたしを信用してないのね」
翔太「信じてるさ、ただ……」
佳代「ただ、なんなのよ」
翔太「少しぐらいの頭痛でお母さんをほうりっぱなしにしておくのはどうかと思うよ」
佳代「お義母さん、ゆっくり休んでてって言ったのよ」
翔太「わかった、わかった、もういいよ」
○リビングルーム・朝
佳代が掃除をしている。
電話が鳴る。
佳代「はい、山田です。あ、お義母さん」
冨美江「昨日はおじゃましましたね」
佳代「はあ、お構いもしませんで、あ、釘煮ありがとうございました」
冨美江「で、翔太、食べたかい。美味しいって言ってたろうね」
佳代「はあ。あの、お義母さん、言いにくいんですが、あの、わたしに愚痴があるなら、直接わたしに言ってください。翔太さんに言わずに」
冨美江「翔太が何か言ったの?」
佳代「お義母さんが愚痴ってたって」
冨美江「愚痴なんて言ってないわよ。あなたみたいに気配りのきく、礼儀正しい、しっかり者に愚痴なんかあるわけないじゃない」
佳代「でも」
冨美江「翔太が勝手に言ってるだけよ。それより、佳代さん、まだ子供できないの?」
佳代「はい、それは、あの、なかなか授からなくて」
冨美江「えっ、佳代さん、あなた、どこか身体に欠陥があるんじゃないの」
佳代「変な事言わないで下さい」
冨美江「何言ってるのよ。翔太は立派な子だからあなたに欠陥があるのよ。産婦人科で見てもらいなさいよ」
佳代「翔太さんこそ……。あ、もしもし。もしもし……。どういう人、電話切るなんて」
ST「一年後」
○山田家・リビングルーム
佳代、赤ん坊をあやしている。隣に冨美江。
冨美江「わたしにも抱っこさせてよ」
佳代「じゃあ」
冨美江「おー、よしよし」
佳代「目元が翔太さんにそっくり」
冨美江「口元もね。翔太、遅いわね」
玄関の扉が開く音が聞こえる
翔太、リビングに入ってくる。
翔太「床屋、混んでてね」
翔太、赤ん坊の頬を指で突いてリビングルームを去る
冨美江「剛ちゃん抱いて。ちょっとトイレ」
冨美江、剛を佳代に渡す。
佳代、赤ん坊をあやす。
冨美江、部屋に戻って、ハンドバッグの中を見る。
冨美江「まあ、財布がないわ。家を出るとき
ちゃんと入れたのに」
佳代「えっ、思い違いじゃ」
冨美江「そんな、わたしがボケたっていうの?
分かった。あんたでしょ、盗ったの」
佳代「わたしが?」
冨美江「トイレに行ってる隙に」
佳代「お義母さん、何言ってるの」
翔太がリビングに戻る。テーブルの上の財布を見る。
翔太「これ、お母さんの?」
冨美江「そう、この娘がやったのよ」
翔太「そんな事する訳ないだろ」
○リビングルーム
佳代「もう、わたし我慢できないわ、お義母
さん、家に来てもらいたくない。今度来る
なら、わたし、家を出るから」
翔太「出るって?」
佳代「実家に帰ります」
電話が鳴る。翔太が出る。
翔太「あ、お母さん? えっ、今行くから」
佳代「どうしたの」
翔太「骨を折ったらしい」
ST「二ヶ月後」
○病室
ベッドに横たわっている冨美江。佳代が剛を抱っこしてそばにいる。
佳代「先生が、あと十日ぐらいで退院出来るって言ってましたよ」
冨美江「そうかい。毎日、毎日、見舞いに来
てくれて、ありがとね。あなたのこと誤解
してたわ。今まで、ごめんなさいね。辛く
あたって。佳代さんのこと、大好きよ」
佳代「わたしの方こそ、ごめんなさい。じゃ、
リハビリにいきましょう」
冨美江「すまないねぇ。あなたはいい娘だよ」
○リハビリ室
冨美江、歩行訓練。ベンチに佳代。
ST「二ヶ月後」
○山田家・リビングルーム
冨美江が剛をあやしている。佳代が紅茶を持って来て、テーブルの上に置く。
佳代「どうぞ」
冨美江「ああ、ありがとうね。剛ちゃん、重
くなったわね」
佳代「何でも口の中に入れるから危なくて」
冨美江「そうね……。あの、ちょっと、わた
し、トイレ」
冨美江、剛を佳代に渡す。
佳代、剛をあやしている。
冨美江、帰ってきて、テーブルの上のハンドバッグを開ける。
冨美江「財布がないわ。家を出るとき、ちゃ
んと入れたのに」
佳代「思い違いじゃないですか」
冨美江「ボケったていうの?」
佳代「いえ、そんなこと言ってません」
冨美江「分かった。あんた、また盗んだんでしょう。性懲りもなく」
佳代「盗んでませんよ」
冨美江「だったらどうしてないのよ。トイレに行ってる間に、盗ったんでしょ」
佳代「言いがかりは、やめてください」
冨美江「こんな泥棒娘と結婚した翔太がかわいそう」
佳代「泥棒ですって?」
冨美江「ああ、あんたは泥棒だよ。泥棒がい
る家には、もう金輪際来ないからね」
佳代「ああ、来ないでください。金輪際」
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