マッチに浮き上がる顔
マデリン・ニクルビー 洗濯女、ナンシーの実母 46 56
ナンシー・ニクルビー 救貧院孤児、
後に歌手 10 20 30
フランク・チャリブル ナンシーの養父60 70ラルフ・スクイアーズ 救貧院所長 47 57
ローズ・スクイアーズ ラルフの妻 48 58
ロンドン繁華街通行人二名
○救貧院の玄関前・夕方
ST ロンドン 一八三八年
幼児を抱いたマデリンが決心したように幼児を玄関前に置いて立ち去り、道の反対側で幼児を見守る。
ローズが玄関から外に出てくる
ローズ「いやだね、捨て子だよ」
ローズ幼児を拾って、幼児の衣類を改める。
ローズ「手紙が入ってるよ。えっと『この子を育てることができません。後生です。育ててやってください。お願いします。名前はナンシーと名づけました』だって」
ローズ救貧院の中に入る。
マデリンは手を合わせて拝み、涙ながらに立ち去る。
○ロンドン・繁華街・夜
ST 八年後
クリスマス風景。雪が降っている中、ナンシーがマッチを売っている。
ナンシー「マッチはいりませんか。マッチはいりませんか。おじさん、マッチ買って下さい」
通行人1「いらないね」
ナンシー「ひと箱でもいいから買って下さい」
通行人「いらないと言ってるだろ」
通行人、立ち去る。
ナンシー「マッチはいりませんか。おばさん、マッチ買ってください」
通行人2「いらないよ」
ナンシー「ひとつだけでも買ってください。売れないとお父さんに殴られるの」
通行人2「いらないものは、いらないよ」
雪が激しくなり、ナンシーは道端で寒さで震える。しばらくして、マッチに火をつける。顔が照らし出される。マッチの火に手をかざす。馬車が通りかかる。馬車に乗っていたフランクが照らし出されたナンシーを見て、馬車を止めさせ、降りる。
ナンシー「おじさん、マッチ買ってください」
フランク「全部買ってあげよう。お嬢ちゃん、どこに住んでるの」
ナンシー「救貧院だよ。どうして」
フランク「じゃあ、家まで乗せていってあげよう」
ナンシー「ほんと! ありがとう」
○救貧院玄関前
馬車からフランク、ナンシー降りる。
○救貧院・事務室
椅子にラルフとローズが座り、机の反対側にフランクが座っている。
フランク「ナンシーちゃんは亡くした孫にそっくりなんです。是非、私の養女にしたいのです」
ラルフ「そりゃ、結構な話ですが、何しろ、ここまで育てるのに苦労しましたからね」
フランク「勿論、ご希望通りの額をお支払いします」
ラルフはローズに目配せする。ローズは指を一本立てる。
ラルフ「それじゃ、一〇〇ギニーで」
フランク「分かりました」
フランク、財布を取り出す
ローズ「ちょっと、あなた一〇〇ギニーなんて、わたしが食べさせ、洗濯し、大事に大事
に育てた子がたった一〇〇ギニーですって、ここは二〇〇ギニー貰わなくっちゃ」
フランク「それじゃ、二〇〇ギニーで」
○馬車の中
フランクの傍らにナンシー。
フランク「今日から、私がお前のおじいさんだよ。救貧院では苦労したろうね」
ナンシー「もう、殴られたり、ご飯抜きなんてないのね」
フランク「ああ、金輪際ないよ。これからは何でも好きなことをしていいよ」
ナンシー「何でも? じゃあ、歌をいっぱい歌いたい」
フランク「歌が好きかい。じゃあ、音楽学校に通わしてあげよう」
○ロンドン・ピカデリー劇場
ST 一〇年後
ナンシーが歌っている。満員の聴衆
○ロンドン・街路
マデリン、道端の新聞を拾って読む。
マデリン「えっと『ナンシー、初舞台大成功。天才歌手誕生!』だって、まさか私の……。『ナンシーはスクイアーズ救貧院で育ち、マッチ売りをしていたが、フランク・チアブル氏の養女となり、王立音楽アカデミーを主席で卒業……』私の子に間違いない。会いたい。会わなくっちゃ」
○救貧院・食卓
ローズ「おまえさん、新聞読んだかい、あのナンシーが立派な歌手になったよ」
ラルフ「ああ、もっと高く売り飛ばせばよかったな」
ロース「今から、押しかけて寄付金をもらおうよ」
○フランク邸・応接間
フランクとニクルビー夫妻が話している。
フランク「いまさら、もっとお金を出せと言われても、困りますね」
ラルフ「いや、そういうことじゃないんです。あれは、あれ。今日は寄付をお願いに上がりましたので」
執事が来客を告げる。
フランク「ああ、すぐ終わるから、隣の部屋で待たせておいてくれないか」
○フランク邸・廊下
執事、マデリンを隣の部屋に案内。マデリンは部屋を抜け出し、隣のドアから中の話し声を聞く。
○フランク邸・応接室
ローズ「その上、ナンシーが五歳の時、重病にかかりましてね、それは、それは莫大なお金が掛かったんですよ。治ってからは、大事に、大事に育てたんですよ」
フランク「でも、マッチ売りをさせたじゃないですか」
ラルフ「それは、社会勉強でして」
フランク「毎日のように何度も殴ったそうじゃないですか」
マデリンが応接間の扉を開けて入る。
マデリン「ナンシーをぶつなんて、ひどい。あんな可愛い子を」
フランク「あなた、一体なんですか」
マデリン「ナンシーの母です」
ローズ「何を今更、母ですって。ナンシーを捨てておいて。よくもずうずうしく」
ラルフ「お前も金をせびりに来たんだろ」
ローズ、ラルフを睨む
マデリン「いえ、ただナンシーに会って、立派になったねって言いたいだけなんだよ」
ローズ「よくもまあ、ぬけぬけと、恥知らずが」
マデリン「フランクさん、ナンシーに会わせてください。どうしても会いたい。この胸に抱きたい。この二十年間んどんな思いをしたか」
ナンシーが応接室に入ってくる。
フランク「ナンシー、お前」
ナンシー「お話は全部聞きました。私を捨てたあなたには母親の資格がありません。帰ってください。それから、スクイアーズさん、お金をせびりに来るのは止めて下さい。あなた方の顔も見たくない。お帰りください!」
スクイアーズ夫妻帰る。
マデリンは帰ろうとしない。
マデリン「ナンシー、ごめんなさいね。お母さんを許しておくれ。この通り。お母さんを許しておくれ。わたしが悪かった」
マデリン、ナンシーの手にすがる。ナ
ンシー、マデリンの手を振り放す。マ
デリン、「ナンシー」と何度も呼びなが
ら振り返り、振り返り、帰る。
ナンシーの目にうっすら涙。
○ロンドン・繁華街・夜
ST 一〇年後
クリスマス風景。雪降りの中、マデリン
がマッチを売っている。
マデリン「マッチはいりませんか。マッチ。マッチはいりませんか」
誰も買わない。吹雪になる。
マデリン、道端に座り込む。寒さに震えている。マッチをこすって暖まる。何度もマッチを擦る。顔が暗闇に浮き上がる。唇が真っ青。
馬車が通りかかる。乗っていたナンー
はマッチの光に照らされたマデリンを
見て、
マデリン「お母さんだ」
ナンシー、馬車を止めて降りる。
ナンシー「おばさん、マッチを全部買ってあげるよ。それからお家まで送ってあげましょう。さあ、馬車に乗って下さい」
マデリン「どなたか存じませんが、ありがとうございます」
○馬車の中
マデリン、ナンシーの顔を見て
マデリン「ああ、あなたは、ナンシー。ナンシーね。夢じゃないだろうね」
マデリン、ナンシーに抱かれて息を引き取る。
終
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