2014年4月20日日曜日

チャップリンの山高帽 脚本


   チャップリンの山高帽

 

              松岡博

登場人物

アルバート・オースチン49 自動車工場社員

エディ・オースチン  40 アルバートの妻 

ジャック・ボナムズ  57 古物商社長  

ラルフ・シャイロック 36 古道具屋主人 

デボン・ハワード   50 アルバートの同僚 

 

 

○古道具屋・店内

   ST ロサンゼルス 

   アルバート、陳列品を見ていて、山高帽の前で止まる。

アルバート「ご主人、これって、ひょっとして、チャップリンの帽子じゃない?」 

主人「その通りです。お目が高いですね」

アルバート「どうして、こんなところに彼の帽子があるんですか。まさかチャップリンが売りに来たんじゃないでしょう」

主人「父の話ですと、なんでもチャールズ・チャップリン・スタジオを閉鎖するとき、チャップリンが使っていた小道具を処分したそうです」

主人「処分というと、なにかね、捨てるとか?」

主人「いえ、閉鎖の前の日に、スタジオ従業員の中で、欲しい人が籤を引いて決めたそうですよ」

アルバート「へーえ、で、その従業員が売りに来たのかい」

主人「いえ、従業員の方か、その知り合いの方か分かりませんが」

アルバート「ホントみたいな、嘘みたいな話だなぁ」

主人「親父の話がホントなら、ホントですよ」

アルバート「ちょっと、見せてもらってもいいかい。私はチャップリンの大フアンでね」

   ラルフは陳列ケースの扉を開け、帽子をアルバートに渡す。

アルバート「うむ、『街の灯』の時に使った帽子だろうか。なんかニセモン臭いね」

主人「帽子の内側にチャールズ・チャップリン・スタジオのラベルが貼ってあります」

   主人はアルバートから帽子を受け取り、ラベルを見せる。ズームアップ    

アルバート「で、これ、いくら?」

主人「一千ドルです」(約十一万円)

アルバート「ええっ、そんなに?」

主人「何しろ、チャップリンの帽子ですから」

アルバート「うーん、咽から手が出るほど欲しいが……。明日また来るから、売らないでおくれ、ちょっと考えるよ」

  

○アルバートの家・夜

テーブルを挟んでアルバートとエディ

アルバート「偽物かも知れないが、見たところ本物らしいんだ。ラベルにはCCSと書いてあって、小道具にはこのラベルが貼ってあるんだ」

エディ「でも、そのラベルが偽かも」

アルバート「そうかもね」

エディ「それに、一千ドルでしょ。そんな大金、家にはないわ」

アルバート「あ、そうそう、言い忘れてたけど、俺、来月から部長に昇格するんだよ。今日社長に呼ばれてね。そら、これが辞令」

エディ「どうして、それを先に言わないの」

アルバート「すまん、ついチャップリンのことになると夢中になっちゃうから」

エディ「ホント、あなたったら、チャップリン狂ね。家中チャップリン・グッズだらけよ。でも、いいわ、部長昇進の前祝いに買いなさいよ」

 

○古道具屋

   アルバートが帽子を買っている。

 

○アルバートの家・居間

   アルバート、包みを開けて帽子をかぶり、鏡を見て、チャップリンの歩き方を真似て歩く。エディがクスクス笑う

アルバート「どうだい、よく似合うだろう」

エディ「ええ、私もかぶりたいわ」

   エディ、かぶって鏡の前で歩いてみせる。二人で大笑い。

 

○MGM自動車株式会社・社内・昼休み

   アルバートが同僚と話している

アルバート「一千ドルしたよ」

デボン「おまえ阿呆か、そんな大金払ったのか。それ、偽物だよ」

アルバート「いや、偽物でもいいさ。あの帽子が家にあると、なんか家が明るくなるんだ。女房も気に入っててね」

デボン「君がそれでいいというなら、ま、俺は黙ってるがね」

 

○アルバートの家・食卓

服を着たマネキンの顔にチャップリンの顔写真が貼り付けてあり、山高帽をかぶって食卓に向かって座っている。

エディ「今日から、チャップリンも私たちと一緒よ」

アルバート「いいアイデアだね。家族が増えて……。でも、内緒話はできないな。おっと、チャップリンさん、失礼、失礼」

エディ「彼も、家族だから何でも話さなくっちゃ。ねえ、チャーリー」

 

○MGM自動車株式会社

   社員一同、社長の話を聞いている。アルバートの顔もあり。

社長「ということで、創業八十七年の我が社も倒産に追い込まれてしまいました。私の経営がまずかったために、このような事態になり、誠に……」

 

○アルバートの家

   テーブルを挟んでアルバートとエディ。

   チャップリンも同席

アルバート「仕方がない、帽子を古道具屋に売るしかないか」

エディ「安く叩かれるわよ。それに、せっかく買ったんだから、売らなくても。失業保険もあるし、切り詰めればなんとかなるわ」

アルバート「そうか、すまないね」

エディ「チャーリー、良かったわね。また笑わせてね」

   電話が鳴る。エディが取る。

エディ「あなた、ボナムズって方から」

アルバート、受話器を受け取る

アルバート「はい、アルバート・オースチンですが」

ボナムズ「突然の電話で済みません。私、ボナムズ古物商株式会社のボナムズと申しますが、ご主人、チャップリンの帽子をお持ちだそうで」

アルバート「ええ、どうして知ってるんですか」

ボナムズ「デボンさんから、聞きましてね。鑑定させていただけませんか。もし本物なら高額で買わせていただきますが」

アルバート「えっ? ちょっと待って下さい」

受話器を手で押さえ、エディに、

アルバート「あの帽子、古物商がね、本物なら高く買うって」

エディ「そう、手放したくないけど、背に腹はかえられないわね」

アルバート「仕方ないね……。ボナムズさん、それじゃ、明日家に来て下さい」

 

○アルバートの家

ボナムズが鑑定している

ボナムズ「本物です。売って頂けませんか。一万ドルでいかがでしょう」

アルバート「一万?」

ボナムズ「はい、これ以上は無理ですが」

アルバート「一万で結構です。でも、明日まで待って下さい。チャーリーともう一日一緒に過ごしたいので。明日会社に伺います」

ボナムズ「分かりました」

 

○アルバートの家・玄関

ボナムズ「じゃあ、明日十時に」

ボナムズ、去る。

アルバート「驚いた、一万ドルだって」

エディ「ええ、でも、チャーリーがいなくなると寂しくなるけど……。仕方がないわね。生活かかってるから。失業保険も長くは続かないし」

アルバート「そうだね」

   

○アルバートの家・朝

    食卓を囲んでエディ、アルバート、チャップリン

アルバート「じゃあ、チャーリー、今日でお別れだな」

エディ「ごめんなさいね、しばらくだったけど、ご一緒できてとても楽しかったわ。新しいご主人がいい人だといいわね」

   エディ、マネキンにハグし、帽子をかぶって、チャップリンの歩き方を真似る。アルバート、黙って見ている。

エディ、うっすら涙。

 

○ボナムズ古物商株式会社・玄関前

   アルバート、玄関前を行ったり来たり。街の時計が十時五分を示す。

 

○同・社長室

   ボナムズが部屋の中を行ったり来たり。壁の時計、十時十三分。

 

○同、社長室前・廊下

   アルバートが扉の前に立っている。入ろうとしない。

   携帯電話が鳴る

アルバート「オースチンです。済みません。今、部屋の前にいるんです」

   アルバート、扉をノックして入る。

ボナムズ「ああ、みえましたか。お売りになるのを躊躇されてますね」

アルバート「はあ、せっかくですが、売るのは止めます」

ボナムズ「そうですか。二万ドル払ってもダメですかね」

アルバート「ダメです。チャーリーが嫌だと言ってますので」

                  終

 

 

 

 

 

   

二〇一二年十一月。チャップリンが映画の中で使用した山高帽子とステッキが、ロサンゼルスのオークションで、およそ十四万ドル(約千四百万円)で落札された。

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