2014年5月24日土曜日

シュートボールがよくはいる


シュートボールがよく入る

松尾隆   ⑯ 高校生

松尾冨美枝 ㊸ 隆の母

松尾健太郎 ㊻ 隆の父

松尾啓一  ⑱ 隆の兄、高校生

根本良夫  ㊿ 内科医

石原邦彦  ㊼ 体育教師

日比野哲也 ㉚ 数学教師

 

○松尾家・居間

   ST 昭和三十四年 

   隆が冨美枝と円卓を囲んで話している。隣の部屋で啓一が寝ている。枕元にお盆。体温計、吸い飲み、タオル、薬瓶 薬の袋が載っている。

隆「お母さん、最近、胸が痛いんだけど」

冨美枝「痛いって?」

隆「うん、時々チクチクって」

冨美枝「なんだろうねぇ」

隆「咳も出るし」

冨美枝「いつから?」

隆「一週間ぐらい前から」

冨美枝「風邪じゃない?」

隆「そうかも。でも、胸が痛いんだ」

冨美枝「胸が痛い?」

隆「うん、時々」

冨美枝「変な病気じゃないだろうね。医者に行ったら」

隆「うん、あした行って来る」

 

○根本病院・診察室

   隆が椅子に座って、肌着をまくりあげて、根本が聴診器を隆の胸に当てている。

根本「うむ、特に異常はないようですね。咳は風邪でしょう。でも、念のためレントゲン写真を撮っておきましょう」

 

○レントゲン撮影室

   隆が上半身裸で、レントゲン写真を撮っている。

「息を吸って、止めて」の声。

 

○同・診察室

根本「明日また来てください。レントゲンの結果が出ますので。それから、咳止めの薬をだしておきますね」

隆「ありがとうございました」

 

○松尾家・居間

隆が両親と円卓を囲んで話している。

置時計が午後八時半を示している。

隣の部屋で啓一が眠っている。

隆「それで、レントゲン撮ったんだよ。あし

た結果が出るって」

冨美枝「変な病気じゃなきゃいいけど」

健太郎「お前、心配しすぎだよ」

冨美枝「だって、啓一のこともあるし」

隆「大丈夫だよ、母さん」

 

○根本病院・診察室

根本がレントゲン写真を見ている。

隆も見ている。

根本「ここに陰影があるでしょう」

隆「インエイって?」

根本「この白っぽい影ですよ。ここがかなり。

肺炎ですね。相当重いです。わたしも驚い

てるんですが。ひょっとすると結核かもし

れません」

隆「結核?」

根本「いや、結核と決まったわけではないんで」

隆「でも、肺炎か結核なんでしょ?」

根本「精密検査をしなきゃわかりませんが」

隆「兄さんが腎臓病なんです。私が結核だったら……」

根本「そうですか、大変ですね。……じゃぁ、精密検査のため、今から痰と血液を採取します」

 

○同・採血室

   看護士が隆の痰を取り、採血する

 

○同・診察室

根本「結果は一週間後ですから、来週来てください」

隆「はい、あの……。明日から学校に行ってもいいのですか」

根本「ああ、勿論。まだはっきりしたことは分かりませんから」

隆「そうですか。ありがとうございました」

 

○松尾家・啓一が寝ている部屋

   啓一の枕元で、隆が啓一と話している。

啓一「隆、お前、結核だって?」

隆「うん、医者がそうかも知れないって。痰と血、採られたよ」

啓一「そうか。結核だったら、俺たち二人共、親不孝もんだなぁ」

隆「そうだね。でも、まだ精密検査しなきゃ、はっきりしないよ」

啓一「でもなぁ。俺の病気、慢性だからなぁ。お前だけは健康で、と思ってたんだが……」

隆「大丈夫だよ」

啓一「そう願いたいよ。可愛そうだよ、親が」

 

○学校・体育館

体育の授業で先生がバスケットのシュートを指導している。 

生徒の中に隆の顔。

先生がドリブルをしてボールをシュートすると、籠にすぽりと入る。

次に籠から離れてシュートする。上手く入る。

石原「じゃあ、シュートの練習をする。はい、

並んで。一人三回。上手く入ったら何回で

も。失敗するまでいいぞ」

  生徒は順番にシュートする。シュートが決まらない。

四人目に隆が所定位置に立ちシュートする。スポリと入る。

2回目も入る。3回目も入る。

石原「松尾、お前いつからそんなに上手くな

ったんだ」

   隆、4回目も、5回目も入る。生徒達から歓声。

石原「凄い。コツ、わかってるようだな」

隆「いえ、体育の授業は今日が最後になるの

で、真剣にやってるんです」

石原「最後?」

隆「病気で入院するかもしれないんです」

石原「お前、病気なのか」

   隆、6回目も入る。

隆「結核らしいんです」

石原「結核? お前、体育やっていいのか」

隆「はい、医者がいいって言ってました。あ

した精密検査の結果が出ます」

石原「そうか。お前、兄さんも病気だったな」

隆「はい、だから……」

   隆、7回目を失敗する。

 

○根本病院・診察室

   隆、根本と向き合って椅子に座る。

   根本、レントゲン写真を枠にはめ、見る。隆も見る。

根本「松尾さん、誠に申し訳ないんですが、この前のレントゲン写真、あれは、こちらの手違いでした」

隆「えっ?」

根本「あの写真は別の患者の写真でした。看護婦が持ってきた写真が、入れ替わってたのです。心配かけてすみませんでした」

隆「じゃあ、僕は結核じゃないんですね」

根本「あなたの写真はこれですが、肺はきれいです。何の異常もありません」

隆「ホントですか、異常ないんですね。親が喜びます。兄さんだって」

根本「すみませんでした。それから、咳は単なる風邪ですね」

隆「咳は出なくなりました。で、胸がチクチクするのは?」

根本「ああ、肋間神経痛です。たいしたことはありません」

 

○松尾家・啓一が寝ている部屋・夕方

   啓一、起き上がっている。

冨美枝、啓一に食事を運び、枕元に座

る。啓一、食べだす。

啓一「隆、今日結果が出るって言ってたね」

冨美枝「ええ。でも結核だったら、と思うとね」 

啓一「そんなことないよ。母さん、心配し過ぎだよ」

冨美枝「だといいがねぇ」

   玄関の扉が開く音。続いて「ただいまあ」と言う隆の声。

                   終

1 件のコメント:

  1. 結核かも知れない患者に体育をしても良いとは、医者は言わない

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