ナンシー・ブラウン 23 主婦
トーマス・ブラウン 30 炭坑夫
ローザ 50 救貧院婦長
アグネス 47 救貧院職員
ジェーン 30 ナンシーの隣人
スリの少年
教区医師
○炭鉱労働者長屋・ブラウン宅・夜
ST イギリス。一八三五年
ナンシーとトムが夕食を食べている。部屋には薄暗いランプ。
トーマス「今日は命拾いしたよ、第4炭坑が爆発してね。二十一人が亡くなったよ。中には子供が五人いてね。恐ろしいことだ。明日は我が身かと思うとね」
ナンシー「そんな、縁起でもない事言わないで」
トーマス「いや、ひと事じゃないからな。万が一のために言っておくが、俺が死んだら、わかってるな、ロンドンの俺の妹を尋ねるんだぞ。パウエル街のブランローさんだ」
ナンシー「わかってるわよ。紙に書いてタンスにしまってあるから。もう、そんな話やめてよ」
トーマス「そうだな。で、どうだ、ベービーは? 動いているか」
ナンシー「ええ、腹をポンポン蹴って、とても元気いいの。きっと男の子よ」
トーマス「そうか、元気な子を産んでくれよ。身体大事にしろよ」
ナンシー「あなた、名前考えた?」
トーマス「ああ、オリバーってのはどうだ」
ナンシー「オリバー? いい名前ね」
トーマス「女の子の名前は、考え中だな」
ナンシー「男の子だから、考えなくていいわよ」
トーマス「女の子なら、その時考えようか」
ナンシー「ええ」
○長屋・ブラウン宅・玄関・朝
トムがナンシーに話している
トーマス「そうそう、今日は、合同葬儀だった。炭坑、今日は休みだ。葬式終わったら昼には帰るよ」
ナンシー「じゃ、昼御飯は家ね」
トーマス「ああ」
○道路
トーマスが歩いている。長屋が見えてくる。
暴走する馬車が走って来る。御者が馬を制しきれない。通行人を次つぎ跳ね飛ばして暴走している。
トーマスは馬車を避けるが、馬車はトーマスをはねて、走り去る。
トーマス、血だらけで道路に倒れる。瀕死の重傷。
人が集まる。
群衆の中に隣人のジェーンがいる。
ジェーン「まあ、トーマス!」
ジェーン、ブラウン宅に走る。
○長屋・ブラウン宅・玄関
ジェーンが玄関の戸を激しく叩く。
ジェーン「ナンシー、ナンシー!」
ナンシー、玄関の戸を開ける。
ナンシー「ジェーン。どうしたの」
ジェーン「大変よ! ご主人、馬車にはね
られて」
ナンシー「ええっ?」
○道路
ナンシーとジェーン道路を走る。人垣が見える。
○道路
ナンシー、群衆をかき分けてトーマスのところへ。
ナンシー「あなた! あなた!」
トーマス「ナンシー」
ナンシー「あなた!」
トーマス「元気な……子を……産んでくれ……」
トーマス、息を引き取る。
ナンシー、泣き崩れる。
○乗り合い馬車・停車場
ナンシー、窓口で切符を買っている。浮浪者風の少年がナンシーを見ている
ナンシー「ロンドンまで一枚」
ナンシー、切符を受け取り、財布を懐にしまってカバンを持って歩き出す。少年がぶつかってくる。
ナンシー、倒れたまま起き上がれない。
少年、カバンを盗って逃げる。
ナンシー「誰か! 泥棒!」
周りに誰もいない。
停車場職員、窓口から出てきてナンシーを助け起こし、窓口に戻る。
ナンシー、起き上がってカバンがない事に気が付く。
懐に手を入れると財布もない。
呆然と立ち尽くす
○道路
ナンシー、身重の身体を手で抱えるようにして歩いている。
道路標識に「ロンドンまで七〇キロ」と書いてある
○農家の玄関先
ナンシー、農夫に食べ物を恵んでもらっている。
農夫「さあ、これだけよ。早く立ち去ってよ」
○道路脇・夜
ナンシー、枯れ草を集めて横になり、両手を腹に当てながら野宿
○畑・夜
ナンシー、畑に入り、人参を抜き取り
手で泥をぬぐい、かじりつく。涙が流れる。
○ロンドン市内の道路・夜
ST ロンドン
馬車や人が行き交う。
疲れ切ったナンシー。服はボロボロ、髪はぼさぼさで、ふらふらと歩いている。
雨が降ってくる。風が強くなる。
ナンシー、急に産気づき、うずくまる。あたりを見回す。
ガス灯に照らされた「教区救貧院」と書いた看板のある建物に気がつく。
起き上がって救貧院に向かう。
○救貧院・玄関・夜
激しい風雨。
ナンシー、片手で腹を抱え、もう一方の手で玄関の扉を開けようとするが開かない。
脇の呼び鈴の紐に気がつき、三、四回引いて倒れる。
○救貧院の中の部屋
婦長のローザと職員のアグネスがテーブルをはさんで座っている。二人とも繕い物をしている。
ローザ「雨がひどくなってきたねえ」
アグネス「ええ、こんな夜は、物騒だから玄関の扉、閉めておきました」
部屋の隅にある呼び鈴が鳴る
ローザ「なんだろうね、こんな夜中に」
アグネス「ええ」
ローザ「済まないけど、見てきておくれ」
アグネス「はい」
アグネス、ランプに火を点けて、部屋を出る。
○救貧院・玄関・夜
アグネスが玄関を開けてランプをかざす。
雨に打たれて、ナンシーが倒れている。
アグネス「まあ!」
アグネス、ランプを置いて、ナンシーを抱き起こす。
ナンシー「赤ちゃん、赤ちゃんが……」
アグネス「ええっ?」
○救貧院・部屋
アグネスと婦長、ナンシーをベッドに寝かせる。
ローザ「教区医さん、呼んできておくれ」
アグネス「はい」
アグネス、部屋を飛び出す
○救貧院・部屋
教区医が立ち合い、婦長とアグネスが見守る中ナンシー、出産する。
赤ん坊の泣き声。
婦長「よく頑張ったね、男の子だよ」
ナンシー「死ぬ前に赤ちゃん、抱きたい」
婦長「何言ってるの、死ぬなんて。しっかりおしよ」
婦長、布にくるんだ赤ん坊をナンシーの枕元に置く。
ナンシー、赤ん坊の頬を手で撫でる。
医者(声を落として)「母親は身体が持たないかも……」
ローザ(小声で)「ええっ」
アグネス「……」
教区医(小声で)「瀕死の状態なのに、よく産んだ。奇跡だよ。残念ながら母親は……」
婦長ナンシーの側に行き、
婦長「お前さん、死んじゃだめだよ。この子、何て名前にするの」
ナンシー「オリバー…… オリバー」
婦長「オリバーね、分ったわ、で、あなたの身内は?」
ナンシー「ポケット、ポケットに」
婦長、壁にかけてあるナンシーの服のポケットの中を探す。
ナンシー、オリバーの頬に接吻して、
ナンシー「あなた……元気な……男の子よ」
ナンシー、息を引き取る。
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