2016年2月6日土曜日

ドクターコール 脚本


 ドクターコール


 
 

黒田正義 57 中京医科大学学長、医師

黒田順子 55 正義の妻

マイケル 50 医師

フライトアテンダント(FA)

乗客など

 

 

〇大学講堂・玄関

   「中京医科大学卒業式」立看板。

 

〇講堂内

   壇上で黒田が式辞を述べている。

黒田「では、最後に医者として最も大切なこ

とは何か。それは医者としての業績でも、名声でも、ましてや手術の速さや回数の多さでもありません。それは患者を思う心です。患者は医者だけが頼りです。病人の立場にたてる医師。これが望まれる医師の姿です。諸君は常に患者とともにあってください。健闘を祈ります」

   会場から拍手

 

○旅客機内

黒田と妻の順子が並んで着席。

 

〇機内

   通路を歩いていた男が急に倒れる。

呼吸困難。FAが駆け寄る。

FA「どうしました」

男「苦しい……」

   FA、男を起こそうとすると体を震わせ、顔が引きつり、両目が白目になる。

男「み、水……」

   FA、立ち去る。男、震えている。

   周りの乗客、見守る。

   FA、水を持ってきて上体を起こそうとする。男は白目になり、呼吸困難

 

〇夜間の空

飛行機が飛行中

 

〇機内・黒田夫妻の席

順子「あとどれぐらいかしら」

黒田「3時間ぐらいだ」

 

〇機内・アテンダント席

   FAがマイクを持って機内放送。

FA「お休み中、申し訳ございません。ただいま機内で病人が出ております。お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか。いらっしゃいましたらお知らせ願います」

 

〇機内・黒田夫妻の席

順子「ちょっと、お医者さん捜してるよ」

黒田「ああ」

順子「ああって、行かなくていいの?」

黒田「いいさ、なんとかなるって」

順子「でも」

黒田「俺が行ってもどうにもならないって」

順子「そうかしら」

黒田「名乗りを上げて、返ってとんだ目にあうかも」

順子「そうなの?」

黒田「近藤君知ってるだろ」

順子「ええ」

黒田「彼、名乗り出てね、医療機器がなくって、往生したって言ってたよ」

順子「そうなの?」

黒田「まあ、知らん顔してるのがいいよ。せっかくハワイへ行くんだから」

 

○夕方の空

   飛行中の飛行機。

FAの声「あと、二十分ほどで当機はホノルル国際空港に着陸します。現地時間は……」

 

〇ホノルル空港・滑走路・夕方

   飛行機が着陸する。

 

〇ホノルル空港

   飛行機に救急車が横付け。飛行機の中から車椅子が現れ、救急車に搬入。

救急車、パトカーに先導されて走る。

 

〇ホテル・ロビー

   黒田と順子、新聞を読んでいる。

順子「ちょっと、これって、昨日の飛行機のことよ。死んだって」

黒田「死んだ?」

順子「そう。678便だから、この記事」

   記事アップ。

黒田「運が悪かったんだよ。重病患者だ。名乗りあげなくって良かったよ。名乗ってたら今頃、大変なことになってたろうな」

順子「でも、あなた、助けられたかも」

黒田「いや、面倒なことは御免だよ」

順子「罰が当たらなきゃいいけど」

黒田「馬鹿な。当たるわけないだろ」

 

〇ハワイ大学・大会議室・入口

   「日米医学学術協力会議会場」の掲示。

 

○大会議室内

   マイケルが多数の参加者を前に発表中。

マイケル「ということで、今後、心臓移植の医療技術並びに機器類は飛躍的に進化するでしょう。しかし、例証しましたように、いくら進化しても、機器にたよりすぎてはいけないのであります」

   参加者、拍手。

司会「只今より20分の休憩に入ります」

参加者、雑談中。

マイケル「ドクター・クロダ、久しぶり」

黒田「オー、マイケル」

マイケル「ハワイには昨日着いたんですか」

黒田「ああ、昨晩ね」

マイケル「昨日着いて、今日学会とは、お疲れでしょう」

黒田「いや、よく寝たから」

マイケル「そうそう、新聞で読んだけど、昨晩ホノルルに到着した飛行機に乗ってた人、死んだそうだね」

黒田「ああ、記事を読んだよ」

マイケル「ひょっとしてクロダさんと同じ便じゃなかったのですか」

黒田「多分同じだよ」

マイケル「じゃあ、ドクターコールがありそうなものだが」

黒田「ああ、それが、なくてね。あったら、すぐ私が対応したのに。残念だよ」

 

○ホテル・レストラン・朝

   黒田と順子朝食を食べている。

順子「あと二、三日居たいわ」

黒田「また来るから」

順子「そうね。で、あなた、薬飲んだ」

黒田「そう、そう」

   黒田、薬を飲む。

順子「どう最近?」

黒田「どうって、不整脈か?」

順子「ええ」

黒田「ああ、調子いいよ」

順子「ならいいけど」

 

○ホノルル空港

   飛行機が離陸。

 

○機内・黒田夫妻の席

   黒田は読書、順子はテレビを見ている。

順子「あと二時間だって」

黒田「そうか。ちょっとトイレ」

   黒田、立ち上がって通路を歩いていく。急にふらついて、倒れる。

乗客がFAを呼ぶ。FAが駈けつける。

FA「どうしました。もしもし!」

黒田「く、苦しい。胸が……」

FA「しっかりしてください」

黒田「し、心臓……」

   周りの乗客の顔。

   黒田、倒れたまま、顔が引きつる。

   順子が来る

順子「あなた!」

黒田「ドクター・コール、ドクター……」

FA「はい」

 

○機内・アテンダント席

   FAがマイクを持って放送。

FA「お休み中、申し訳ございません。ただいま機内で病人が出ております。お客様の中でお医者様はいらっしゃいませんか。いらっしゃいましたら至急フライトアテンダントにお知らせ願います」

 

○機内

   黒田、苦しんでいる。呼吸困難

   そばに順子とFA

FA「医者はいないようです」

順子「そうですか」

    

○機内

黒田が呼吸困難。そばに順子とFA。 

FAの声「みなさま、当機は四十分ほどで中部国際空港に着陸する予定でございます」

 

○中部国際空港・日没後

   飛行機が着陸。

 

○道路

   パトカーに先導されて走る救急車。

 

○病院・黒田の病室・朝

   黒田の寝ているベッドのそばに順子。

順子「一時はどうなるかと思って……」

黒田「すまん」

順子「言ったでしょ。罰が当たったのよ」

黒田「その通り罰当たりだ。反省している。これからは心を入れ替えるよ」

   黒田、目を閉じる。

 

○中京医科大学講堂(回想)

黒田「それは患者を思う心です。病人は医者だけが頼りです。病人の立場にたてる医師。これが望まれる医師の姿です」

                   終

   

 

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