捨てられた答案
川口真治 26 北川高校 英語教師
鬼頭源吾 60 同 物理教師
鬼頭花代 57 鬼頭の妻
小林順一 55 北川高校 教頭
伊藤浩二 53 教務部長
五島光一 49 総務部長
森山 勝 50 校務員
秀 17 高2生徒
誠 17 高2生徒
綾 17 高2生徒
○北川高等学校 教室
生徒、受験中。鬼頭が試験監督。
黒板に「平成二十年七月九日(金)」
チャイムが鳴る。
鬼頭「止め」
最後列の生徒が答案を順に前に集める。鬼頭、枚数を数える。
○職員室
鬼頭、職員室に入る。数人の先生、入り口近くの机で答案を綴じている。鬼頭は答案の数を二回数え、束を綴じる。そばで、川口が見ている。
川口「先生、答案、二回も数えるんですか」
鬼頭「ああ、万が一ってことがあるからね」
川口「わたしなんか、教室で一回だけです」
鬼頭「三回数えないと、気持ち悪くてね」
○小林宅・夜
置時計、午後九時。
電話が鳴って、小林が受話器を取る。
小林「はい、小林です」
花代「あ、先生。わたし鬼頭の妻です。いつも主人がお世話になっています。あの、今日は職員会議が長かったのですか。実は、まだ主人が帰って来てないのですが」
小林「いえ、今日は、会議はなかったですが」
花代「そうですか。どうしたんでしょう。いつも七時頃帰ってくるのに」
○職員室・朝
壁時計、八時十五分。黒板に「十二月十四日(水)」の日付。電話が鳴り、小林が出る。
小林「北川高等学校です」
花代「わたし、鬼頭ですが、主人、出勤しておりますか」
小林「鬼頭さん? 小林です。きのう帰られなかったんですか」
花代「はい」
小林「ええっ、そうですか。朝礼で訊いてみます。何か分かりましたら連絡します」
小林は黒板の欠勤欄に「鬼頭」と書く。
教員、授業の準備などしている。
小林「職員朝礼を始めます」
教員全員立ち上がる。
伊藤「教務からですが、定期考査の点数の打ち込みは十六日までです」
五島「総務ですが、ダストシュートの使用は今月末までです。今後のごみ扱いについては追って連絡します」
小林「他に連絡ありませんか。なければ最後に。鬼頭先生が昨晩から行方不明のようです。どなたか心当たりの方はいませんか」
○教室
昼休み風景。
チャイムが鳴る。
○教室
川口、答案を返し、解説に入る。
窓から校庭の体育の授業風景など。
川口「では、採点間違いのある人」
生徒四、五人教卓へ来る。
誠 「先生、十点違います」
川口「すまん、すまん」
川口、答案を訂正して、閻魔帳を広げ、驚いて立ち上がる。
川口「点数を閻魔帳に書くのを忘れた。全員回収する」
生徒は文句を言って答案を提出する。
川口「残り時間は、自習にする」
川口、点数を閻魔帳に記入する。
最前列の生徒が川口に話しかける。
綾 「先生、鬼頭先生も点書かずに答案返しましたよ。夜電話がかかってきて、明日答案持ってくるようにって言われて」
川口「へーえ、あの几帳面な鬼頭先生が?」
○職員室・朝
黒板「十二月十五日(木)欠勤 鬼頭」
職員朝礼をしている。
小林「最後に、鬼頭先生の件ですが、今日、二時ごろ、警察が学校に来ます。教務部長と私が応対しますが、職員室に入って来られるかもしれません」
始業チャイムが鳴る。
○職員室
時計、二時二十分。警官二人、小林と伊藤に案内され、職員室の鬼頭の机のところへ来る。
小林「こちらが鬼頭先生の机です」
警官1「きれいに片付いてますね」
伊藤「はあ、何しろ几帳面な先生で」
警官2「机を開けてもよろしいか」
小林「はあ」
警官2、机を順に開けて、中を見る。
閻魔帳が見える。
○職員室・朝
黒板「七月十六日(金)欠勤 鬼頭」
川口が隣の五島と話している。
川口「鬼頭先生、今日で三日目ですね。どうしたんでしょう。突然消えるなんて」
五島「先生、どこかで事故でもあったのかな」
川口「事故じゃなくて、事件に巻き込まれたとか」
始業チャイムが鳴る。
○職員室
伊藤が川口のところへ来る。
伊藤「先生、申し訳ないけど、鬼頭先生の物理の成績、打ち込んでもらえませんか」
川口「いいですが、成績分かりますか」
伊藤「ここに。先生の机から拝借しました」
伊藤は鬼頭の閻魔帳を開けて示す。
○教務室
川口、コンピューターに成績を打ち込んでいる。
川口(独り言)「あれ? 秀の成績、書いてない。あいつ休んだのか。訊いてみよう」
○職員室
川口が秀と話している。
川口「お前、物理の試験受けてるだろ。何点だった」
秀 「えっ、先生に言うんですか」
川口「鬼頭先生、お休みで、私が代わりに成績、打ち込んでるんだ。お前の成績だけ空欄でね」
秀 「鬼頭先生に言いました」
川口「でも、書いてないんだよ。そうそう、鬼頭先生、答案を全部回収したそうだが、お前、答案、出したんだろ?」
川口「……」
秀 「鬼頭先生に言ったけど、答案、捨てました」
川口「えっ。学校でか」
秀 「はい」
川口「そうか、でも点数、覚えてるだろう」
秀 「十二点です」
川口「そうか」
○教務室
コンピュータに点数を打ち込む川口。 打ち込みが終り、立ち上がって、
川口「そうか! 分った!」
川口、急いで教務室を出る。
○廊下
走る川口
○校舎外側・ダストシュートゴミ集積室前
川口が走ってきて、扉のカンヌキを開ける。鬼頭が倒れている。
川口「鬼頭先生!」
○道路
救急車が走っている
○病院・鬼頭の病室
川口が鬼頭と話している。
鬼頭「私があそこにいるってこと、よくわかったね」
川口「先生、几帳面だから、きっと秀の捨てた答案、探しに行かれたんだと思ったんです」
鬼頭「そうなんだ、あの日、秀が答案を捨てたというもんだから、確認しようとしてね」
○ゴミ集積室中(回想)
懐中電灯で照らしながら、鬼頭、ゴミの山を一つずつ丹念に調べている。扉が五センチほど半開き。
○ゴミ集積室前(回想)
校務員の森山が通りかかり、集積室の扉が半開きになっているのを見て、扉を閉めて、カンヌキを掛ける。
○ゴミ集積室(回想)
鬼頭、扉が閉まったことに気が付かない。秀の答案を探している。
鬼頭「あった。十二点だ」(回想終り)
○病院・病室
川口が鬼頭と話している。
鬼頭「それで、出ようとしたら、鍵がかかってるんだ。叩こうが、わめこうが、全然反応がなくてね」
川口「そうでしたか」
鬼頭「おかげで助かったよ。几帳面も、考えもんだな」
川口「いや、私みたいなずぼらも、考えもんです」
鬼頭「じゃ、足して二で割るか」
終
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