2016年11月6日日曜日

郷に入っては


郷に入っては

            
 

深見純太 47  高校教師(現代社会)

深見順子 45  純太の妻

ムハマド 50  エジプト大学教授(日本文化学)

車掌

風紀憲兵1  37  

風紀憲兵2  30

電車乗客

 

 

〇電車内

深見が車窓から景色を眺めている。隣の席にムハマド。車窓からモスクが点在する町の景色。周りはアラブ人。

ムハマド「失礼ですが、あなた日本人ですか」

深見「はあ、でも、どうして日本人と?」

ムハ「その本、日本語ですから」

   深見の膝に『アラブ一人旅』という本が置いてある。

深見「あなた、日本語お上手ですね」

ムハ「ええ、日本に3年いました」

深見「日本のどちらに」

ムハ「京都と奈良です」

深見「お寺に興味あるんですか」

ムハ「はあ、実は私、エジプト大学で日本文化を教えているんです」

深見「そうですか、じゃ、日本のことは私より詳しいでしょうね」

ムハ「ご冗談を。で、あなた、この電車初めてでしょう」

深見「ええ」

ムハ「やはり。初めて当地に来る旅行客は面食らうんですが」

深見「面食らう?」

ムハ「はあ、次の駅からは文化圏が変わりますので髭をつけないと降ろされますよ」

深見「ええっ、どうしてですか」

ムハ「郷に入っては郷に従えって言うでしょ」

深見「でも髭を生やすって急に生えませんよ」

ムハ「心配ないです。黒のマジックで描いてあげますから」

深見「それで通るんですか」

ムハ「この電車はそう厳しくないんです」 

深見「そうですか」

通路反対側の座席の男が付け髭をつけている

深見「じゃ、お願いします」

   ムハマド、深見の顔に髭を描く。

   それを見ている乗客。

ムハ「できました」

深見「ありがとう」

   車窓の眺め、荒涼とした土地。

   車掌が巡回してくる。深見の前で止まる。アラビア語で深見に言う。

車掌「ナンタラカンタラ」

ムハ「ナンタラカンタラ」

車掌「ナンタラ」

ムハ「カンタラ」

   車掌は不満な顔をして歩き去る。

深見「ああよかった。助かりました」

ムハ「ところで、あなた、どちらまで行かれるんですか」

深見「終点のバスラーク駅までです。そこでハイダル鉄道に乗り換えて、ナマニヤル空港駅まで行くつもりです」

ムハ「それは大変だ。あなた殺されるかもしれませんよ」

深見「ええっ」

ムハ「バスラーク駅に着いたら売店で赤と青と黄色の帽子を買ってください。電車が違う文化圏に入ると、帽子の色が指示されます。指示された帽子をかぶってください。さもないと風紀憲兵に殺されますよ」

深見「風紀憲兵?」

ムハ「乗客が正しい帽子をかぶっているか検査する憲兵です」

深見「まさか。冗談でしょう」

ムハ「いいえ、本当です」

深見「じゃあ、買います。赤、青、黄ですね」

ムハ「そうです」

   車内の乗客の様子や車窓の景色

 

〇バスラーク駅プラットホーム

   深見とムハマド、下車。

ムハ「じゃ、さようなら、気を付けて」

深見「はい。ありがとうございました」

   ムハマド、立ち去る。

   深見、売店に行き、三色の帽子を買う。

 

〇ハイダル鉄道プラットホーム

   電車がホームに入り、深見、乗り込む。

 

〇車内

   深見が座席に座り、鞄を荷棚に載せて、座る。乗客は皆赤い帽子をかぶっている。深見も赤い帽子をかぶる。

通路の最前列に風紀憲兵1が赤い帽子をかぶって赤い旗を持ち上げている。最後列には銃を持った憲兵2。

隣りの席に中年のアラブ人が赤い帽子をかぶって新聞を読んでいる。

電車、発車。

車窓の景色。乗客の様子。

憲兵1がピーっと笛を鳴らして、赤帽をぬいで青い帽子をかぶり、青い旗を上げる。

深見(独り言)「青い帽子の文化圏だ」

乗客は一斉に青帽をかぶる。深見も青帽をかぶろうとするが、かぶっていた赤帽と、青と黄色の帽子を全部を床に落としてしまう。あわてて、黄色の帽子をかぶる。憲兵を見て、青い帽子にかぶりなおす。

憲兵1が深見のところに来て髑髏マークのカードを渡す。

深見「これ、何ですか」

憲兵1「ナンタラカンタラ」

   憲兵1は元の位置に戻る。

深見(独り言)「これって、イエローカード? 青い帽子をかぶるのに手間どったから?」

   車窓と乗客の景色。

   深見、赤と黄色の帽子を持って立つ。憲兵1の脇を通り、連結部の方に行く。

   

〇車内トイレ

   小便器の前に立つ深見。後ろの小窓から憲兵1が深見を監視している。

深見(独り言)「緊張して出ないよ」

   深見、トイレから出る。

 

〇車内

   深見、自分の座席に戻る。隣の男、赤い帽子の上に黄色の帽子を重ねて膝の上に置いて眠っている。

深見(独り言)「そうか、今度は黄色だ」

   深見も赤帽の上に黄色の帽子を重ねて膝の上に置く。

   車内の様子。車窓の景色。

   電車がトンネルに入り、真っ暗になる。

   電車の走る音。深見や乗客の黒い影。

   「ぴー」と笛の音。

憲兵1の声「ナンタラカンタラ!」

深見(独り言)「帽子を変えるんだ。旗の色が見えないが、今度は黄色だ」

   深見の黒い影が帽子をかぶりなおす。

   トンネルが続く。暗闇。電車の音。

   突然、電気がつく。周りは皆赤い帽子をかぶっている。隣の男も。

深見「しまった!」

   憲兵達が走って来る。深見を席から引きずり出す。

深見「間違えただけです! 当地の文化は尊

重しています!」

憲兵達は深見を隣の車両の部屋に連行。

深見、椅子に縛られ、憲兵2が銃口を向ける。

憲兵2「ナンタラカンタラ!」

深見「チンプンカンプンだ。しかし、どうして文化が違えば、その文化に従わなければならないんだ! 文化は人間が作ったんだ。その文化に人間が縛られるのか! 人間の画一化だ!」

憲兵1「ナンタラカンタラ!」

深見「フランス政府はアラブ人の女性がブルキニ水着を着用するのを禁じたが、

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ブルキニ姿の女性の画像

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裸でなければ、どんな水着を着たっていいじゃないか。俺は文化の画一化に反対だ!」

憲兵2「ナンタラ! カンタラ!」

   憲兵1が深見に目隠しをする。憲兵2が引き金に指を当てる。

車内放送「ナマニヤル空港駅、ナマニヤル空港駅」

   憲兵は黄色い帽子をかぶり、目隠しを外す。

憲兵1「ナンタラカンタラ」

   憲兵は深見を釈放する。

 

〇ナマニアル空港駅

   深見、下車。皆、黄色の帽子をかぶっている。深見もかぶる。

 

〇ナマニヤル空港  

   深見、飛行機に乗る。飛行機、離陸。

 

〇羽田空港

   飛行機、着陸。

 

〇羽田空港到着ロビー

   深見、待っていた妻順子に会う。

順子「お帰りなさい。どうだった?」

深見「大変だったよ。日本は自由でいいなぁ。髭を生やしたければ生やせばいい。帽子もかぶりたければかぶればいい。豚でも牛でも何を食べても、何を着てもいい。第一、文化の画一化がないから、いい国だよ」

順子「何かひどいことがあったのね」

深見「そう。殺されかけたよ」

 

〇羽田空港国際線ターミナル駅

   深見夫妻、電車に乗る

 

〇車内

   深見、座席に座る。目の前の八人掛けの座席に座っている八人全員がスマートホンを見つめている。

                 終

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