2016年11月21日月曜日

阿吽 (シナリオ)



阿形像(快慶) 吽形像(運慶)
二体とも像高 八・四メートル
阿吽(あうん)

 


運慶  53 惣大仏師(吽形像担当)

快慶  55 大仏師(阿形像担当)

重源  82 高僧(東大寺再建勧進職)

寄木師 57 (木材寄せ合わせ専門職)

大蜥蜴

小仏師、番匠(大工)数名

 

 

〇奈良、東大寺南大門

   ST 建仁三年(一二〇三)八月

運慶、快慶、大仏師、小仏師、寄木師、番匠等が、横たわっていた二体の仁王像を、南大門に滑車で立ちあげている。

作業を見ている重源。

作業が終わると、二体は南大門の正面(南)を向いて立っている。

重源「おお、見事な出来じゃ。よく造ってくれました。まるで仁王様が絵図から飛び出たようじゃの」

運慶「お褒めにあずかり、恐縮いたします」

 

〇仏所(工房)・運慶の部屋・夜中

   眠っている運慶がうなされている。

   画面がぼやける。

 

〇森・夕暮れ(イメージ始まり) 

   長さ三メートルある蜥蜴が前方に寝ている赤子の方に近づいていく。

運慶(声)「俺はいつの間にか蜥蜴になって、赤子に近づいていた」

蜥蜴「旨そうな赤子だ」

   あと赤子まで三メートルになったとき、一条の光が蜥蜴の左上と右上から蜥蜴を照射する。

蜥蜴(運慶の声)「あー、く、苦しい!」

   (イメージ終り)

 

〇運慶の部屋

   運慶が寝床からが跳ね起きる。

運慶「夢か」

 

〇春日大社・早朝

   本殿に続く石段を上っている運慶。

運慶M「いやな夢だった」

   運慶、あと五段で本殿という段で立ち止まり、本殿を見上げる。

本殿前、左右の台座に阿形と吽形の狛犬が設置してある。運慶、石段から二つの狛犬を見上げる。

   狛犬の睨んだ眼、アップ

運慶「あっ!」

   運慶、速足で階段を駆け下りる。

 

〇南大門

   仁王像仕上げ中の快慶、小仏師達。

   運慶が門に走ってきて、

運慶「快慶殿、待たれよ。皆も聞いてくれ」

   皆、運慶の周りに集まる。

運慶「今から仁王像二体を向かい合せにする」

   小仏師の間でどよめきが起こる

快慶「正面向きでは、何か不都合でも?」

運慶「いや、夢のお告げがあった」

快慶「夢のお告げ? 馬鹿げたことを。運慶殿は夢のお告げを信じるとでも?」

運慶「昨夜恐ろしい夢を見たのだ。私が蜥蜴になって」

   XXX

   ・蜥蜴が赤子に近づく

・左右から光が射す

XXX

運慶(声)「(フラッシュに重ねて)赤子を食べようとして近づくと、左右から光が射し、苦しくなって、そこで目が覚めたのだ」

快慶「それと仁王像の向きと、どういう関係があるのです?」

運慶「まあ、聞いてくれ。今朝、春日神社にお参りして本殿まで階段を上がっていくと、

   XXX

   ・運慶、左右の狛犬を見つめる

   ・狛犬が左右から運慶を睨んでいる

   XXX

運慶「阿吽の狛犬が左右から私を睨んでいたのだ。そこで分かったのだが、夢の赤子は仏陀で、蜥蜴は仏敵だったのだ。狛犬の眼光が左右から光って蜥蜴を退散させたという訳だ。今、仁王像は正面を向いて遠くを睨んでいるが、それでは仁王像の眼光は仏敵を威嚇しない。それより、像を向い合せにして、門を通る仏敵を左右から同時に睨みつければ、その威嚇は何倍にもなる」

快慶「それは理屈というもの。遠くから近づいてくる仏敵を、仁王像が門から睨みつければ、威嚇になる」

運慶「しかし、仏敵は遠くから仁王を見ることになるから、目が仁王の眼光に慣れてしまい、威嚇にならない」

XXX

遠くから仁王像に近づく閻魔

それを正面から睨みつけている仁王像。

XXX

運慶「むしろ、仏敵が門を入るときに、左右から仁王の眼光にさらされれば、驚いて恐れおののくはずだ」

快慶「それは子供だましだ。大体、仁王像の期日は四日後ですぞ。向きを変えるなど、大仕事になる。正面を睨んでいた目線を、真下に向けるのは簡単にできる訳がない」

   運慶と快慶を取り巻く小仏師や寄木師、番匠達

運慶「それは分かっておる。顔面を下向きにしなければならないということだろう」

快慶「顔だけではない。額も、眉も、胴体も全て変えなければならない。そんな大作業、四五日では到底できない」

運慶「いや、出来ないことはない」

快慶「それは無理だ。私の阿形像は、ほぼ出来上がっている。それを今さら手直しなどしたら均衡のとれた造形美が台無しになる」

運慶「しかし、考えても見よ。向き合わせれば百年、二百年後の人は、うまく考えて造ってあると感心することになる」

快慶「それは勿論のこと。私は数百年先まで残る仁王像を彫っているつもりだ」

   運慶は快慶の目を見て、吽形像を見あげる。しばし沈黙。

   寄木師が運慶に近づいて、

寄木師「差し出がましいようですが、意見を言ってもよろしゅうございますか」

運慶「ああ、何なりと申せ」

寄木師「では。ただ今お聞きしておりましたが、運慶様も快慶様もどちらのご意見も正しいかと存じます。正面を向いて遠くから近づく仏敵を威嚇するのも、向い合せにして仏敵を挟み撃ちで脅すのも、どちらも効果があります。ですから私のようなものが軍配を上げることはできませんが、木材のことを生業にしている寄木師として申しあげますと向い合せの方が良いかと存じます」

快慶「その訳は?」

寄木師「はい、木造の建物は南側から早く傷んできます。南から強い光が当たり、風雨にさらされますと、木材の朽ちるのが早くなります」

運慶「何か、そのような建物があるのか」

寄木師「はい、光明寺の仁王像は門の北側に立てられております」

   XXX

光明寺の仁王像

XXX

快慶「ああ、見たことがある」

寄木師「また、法隆寺の阿吽の二像は南向きに造立してありますので、劣化が激しく、塑土(粘土)で塗り重ねてございます」

   XXX

   法隆寺の阿吽の二像

   XXX

運慶「向い合せにすれば何百年も持つのか」

寄木師「はい、向き合わせて、南側を板壁にして日光や雨風を防げば千年でも持ちます」

運慶「なに、千年も。快慶殿、千年も残る仁王像ですぞ」

快慶「うむ、丹精込めて造った仁王像だ。向きを変えたくない」

寄木師「今のままでは百年で朽ち始めます」

快慶「そうか。うむ……。ならば致し方ない」

運慶「変えてくれるか」

快慶「ただし、阿形像は完璧な形に造ってある。像を手直ししないという条件なら変えてもよろしいが」

運慶「ならば、その条件で」

   阿形像全景。

吽形像全景。

 

〇南大門

   ST 三日後

梯子の上で吽形像の顔、眉、額、瞼、胸、下腹など手直ししている運慶。

阿形像は小仏師達が木肌を磨いている。

午後三時ぐらいの太陽の傾き。

運慶、梯子を降りて吽形像を見上げている。

運慶M「快慶、直しに来てくれないかな。もうすぐ日が暮れてしまう」

   XXX

   南大門全景。大仏殿全景

   鳥が飛んでいる。寺の鐘の音

   XXX

   快慶が南大門に急ぎ足で来る。

快慶「運慶殿、考えましたが、目線と顎だけ直そうと思って来ました。阿吽の目線が、ちぐはぐでは後世の人が笑いますからな」

運慶「おお、よく来てくれました」   

快慶は梯子を上って、(のみ)で阿形像の目元を穿ち始める。

手直しに専念する快慶

 

〇南大門・日没寸前

   運慶と快慶は、南大門の入口に立ち、夕日に照らされている阿吽の仁王像を見上げている。

運慶「やっと出来ましたな」

快慶「運慶殿。手直しをしないなどと、意地を張って申し訳ないことをしました」

運慶「いやいや、快慶殿は名仏師だから、必ず手直しに来てくれると信じてましたよ」

快慶「恐れ入りました」

   二人は目を合わせてにやりと笑う。

                  終

  

 

 

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