2014年11月18日火曜日

芸は身を助く

山田洋平   56 高校英語教師

山田佳代子  50 洋平の妻

石森省三   61 古武道(棒術)師範

斉藤綾子   37 ツアー・ガイド

マーガレット 30 米国人女性

クルーズ船の船員、舞台司会者、審査員

バルセロナの街路の通行人

 

 

○武道場

   山田が石森と棒術の稽古をしている。

稽古が終わって、

石森「うむ、大分腕が上がった。もう何年になるかな、棒術を始めてから」

山田「二十年です」

石森「そうか。この調子で稽古を続ければ、そろそろ初目録の免許を与えてもいいな」

山田「ありがとうございます」

石森「しかし、日々精進しなければ」

山田「それは、勿論」

石森「一日稽古をさぼると、取り返すのに二日かかるというからな」

山田「はい。ところで、言いにくいのですが、来週から二週間ほど稽古を休ませてもらいたいのですが」

石森「また、旅行ですか」

山田「はあ、あの、来週から地中海クルーズに行きますので」

石森「先生はいいね、休みがあって。しかし腕が鈍らないよう船でも稽古してくださいよ」

山田「はい」

 

○山田家

   山田が妻の佳代子とスーツケースに旅行に持っていくものを詰め込んでいる。山田のそばに棒術用の棒が横たわっている。

山田「石森師範がクルーズ船内でも稽古をしなさいって言ってたから、この棒、持ってこうと思うんだけど」

佳代子「邪魔になるわよ。だいたい飛行機に持ち込むつもり?」

山田「うん、まあ」

佳代子「飛行機のどこに置くのよ。通路は邪魔になるし、座席の上の荷物入れには入らないし」

山田「うん、しかし、稽古しないと……」

佳代子「クルーズ船の中に棒など転がってるわよ。それに、そうキチン、キチンと稽古しなくても……。棒がなくてもできるんでしょ」

山田「まあ、なんとか。じゃ、これは置いてこう」

 

○クルーズ船

   全長三〇〇メートル、十二階建てのマグニフィカ号の全景が映る。(マグニフィカという船体に書かれた文字、アップ)

 

○クルーズ船・甲板

乗客はほとんど白人。東洋人は、ちらほら。

船員がモップで甲板を掃除している。 山田はモップをじっと見つめて、英語で船員に言う。

山田「すみませんが、そのモップ貸してもらえませんか」

船員「えっ、どこか掃除をされるんですか」

山田「いえ、その柄の部分を外して、日本の武道の稽古をしたいので」

船員「この棒のところですか」

山田「はい」

船員「お貸ししてもよろしいですが、少しお待ちください。上司の許可をもらってきますから」

 

○クルーズ船・山田夫妻の船室

   山田がモップの柄の部分を回して外している。それを見る佳代子。

山田「よし、外れた。これで稽古ができる」

佳代子「いいこと考えたのね」

 

○クルーズ船・甲板

   甲板を数人の乗客が速足で歩いたり、屈伸運動したりしている。山田が稽古をしている。数人の乗客が見ている。

 

○クルーズ船・朝

   佳代子が「本日のエンターテイメント」という船内新聞を見ている。

佳代子「あなた、これ見て。今晩八時から『タレントショー』があるわよ。誰でも特技を持っている人が出場できるって。三時からオーディションがあるけど。あなた棒術で

出てみたら」

山田「そうだな。オーディションで落ちるかもしれないが」

 

○クルーズ船・舞台のあるホール

   舞台脇で山田がモップの棒を持って審査員に話している。

審査員「はい、次の方、特技は何ですか」

山田「わたしは日本の古武道を披露します。この棒で演武をします」

審査員「それは珍しい。あなた合格です」

 

○クルーズ船・夜

   舞台で次々と特技が披露されている。民族舞踊。ピアノ演奏。独唱、ギター演奏。ブレークダンスなど。

司会者(スペイン語で)「では、次は、日本か

ら来られたミスター・ヤマダによる。日本

の伝統武道を披露してもらいます」

   山田が棒を持って、舞台に登場する。観客にお辞儀をして、棒術の型をいろいろ披露する。終わると大きな拍手。

 

○クルーズ船・出入り口・朝

バルセロナ港に停泊しているマグニフィカ号の出口から次々に乗客が波止場に降りてくる。ツアーガイドが山田夫妻に話している。

ガイド「六時の集合時間に必ず戻ってください。戻られなくても、船は出航します。遅れたら、自分で次の寄港地まで来てもらうことになります」

山田「分かりました」

ガイド「では、いってらっしゃいませ」

 

○カタルーニャ音楽堂

   夫妻が座席に座って音楽堂の天井を見ている。

佳代子「きれいね」

山田「うん、素晴らしい」

 

○サン・パウ病院記念館

   病院の庭を歩いている夫妻

山田「この病院、ガウディの先生が設計したんだって」

佳代子「素敵なデザインね」

 

○サグラダ・ファミリア教会

教会前の池から教会を見上げている夫  

妻。

山田「ごてごてして気持ち悪いよ。どこがいいんだろう、この教会」

佳代子「でも、世界的に有名なのよ」

山田「わたしには合わないな」

 

○バルセロナ・ランブラス通り

   地図を広げて、コロンブス像を見上げている山田。

山田「集合時間まであと二十分しかない。確か下船したのはこちらだったと思うけど」

佳代子「いえ、あっちの道よ、あそこにコロンブス像があるから」

山田「そうかなぁ。道を間違えたら大変なことになるよ。ホントにあっちの道だったか」 

佳代子「ええ、確か」

山田「船を降りてこの道を来るとき確かコロンブス像は、右手にあったから、こっちの道だよ」

佳代子「左手にあったわ」

山田「左手? おかしいな、右手だったと思

ったが。どうしよう」

二人は街路を行きつ戻りつする。

山田、時計を見る。

山田「あと十五分しかない」

佳代子「海があそこに見えるから。海の方へ歩いたら分かるかも」

山田「海に行っても分からないよ」

佳代子「誰かに聞いてみたら?」

山田「俺、スペイン語できないよ」

佳代子「私もよ」

山田「とにかく、聞いてみるよ」

数人の通行人を止めて英語で道を訊く

が、英語が通じない。

建物の壁にある時計が五時四十八分を

示している。(アップ)

佳代子「あと十分よ」

山田「わかってる」

   山田、歩いてきた通行人に近づいて、英語で言う。

山田「すみません、クルーズ船が停泊するところに行きたいんですが、ご存じないですか」

マーガレット(英語で)「ああ、あなた、日本の伝統武道を披露した人でしょ。素敵でしたよ」

山田「ええっ、どうして知ってるんですか」

マーガレット「わたしもマグニフィカ号の乗客よ」

山田「地元の人じゃないのですか。あの、船が停泊しているところが分からなくて困ってたんです」

マーガレット「すぐそこ。この建物の裏よ」山田「この裏? でも、良かった。置いてき 

ぼりになるかと思った」

佳代子「泣きたいくらいだったわ」

山田「ホント、もうだめかと思った」

マーガレット「そら、船が見えてきたでしょ」

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