2013年11月15日金曜日

図書館で音読する男


 

図書館で音読する男

 

 

山田龍一 六十二歳 大学教授

米川翔太 三十歳  トラック運転手

米川優菜 三歳   翔太の娘

図書館長 五十六歳 

司書1  二十七歳 

司書2  三十三歳

 

 

○名古屋市立図書館・館内

   館内風景。来館者が本を読んでいる。

山田が個人ブースで本を積み上げ、調

べ物をしている。

米川が娘を連れて図書館に入り、子供

コーナーに行って、優菜に読む本を物

色し、一冊の絵本を選ぶ。

米川は優菜を連れて、個人ブースのと

ころに来て、山田の隣に座る。

優菜は米川の膝の上に座っている。

米川「さあ、読むよ」

優菜「うん」

米川「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」

   米川、絵本の中のおじいさんを指で示

して

米川「そら、これが、おじいさん。それから、これがおばあさん」

優菜「うん。おじいさん、何持ってるの?」

米川「ああ、これね、これはクワといってね」

   山田、米川をにらむ。米川は山田をに

らみ返す。米川、そのまま絵本を読み

続ける。

米川「これはクワといってね、えーと、穴を掘る道具だよ」

優菜「ふーん、どうして穴をほるの」

   山田、米川を見て大きく咳払いをする。

米川「それは、これからわかるんだ。じゃ、次、読むよ」

優菜「うん」

   周りのブースで読書をしている人たち

が、迷惑そうな顔をして、米川を見る。

米川「それでね、おじいさんは竹藪に行きました。そら、優ちゃん、これが竹藪だよ」

   山田、読んでいた本をバタンと閉じて、

米川の方に向き直り、

山田「ちょっと、やかましいんですけど」

米川「やかましい?」

山田「本をお子さんに読むのを止めてもらえませんかね」

米川「おまえ、何言ってるんだ。ここは図書館だろう」

山田「だから、大きな声で本を読むのを止めて下さいって言ってるんですよ」

山田「どうしてだ。図書館で本を読んでいけないんか」

山田「読んでもいいんですが……」

米川「そうだろ。ええ年して、何言っとるんだ」

山田「ええ年とは、何ですか」

米川「じじいだから、ええ年と言っとるんだ。ホントのこと言って何が悪い」

山田「失礼でしょ」

米川「失礼? お前の方がよっぽど失礼だ。人がせっかく子供に本を読んでやっているのに、邪魔しやがって」

山田「読むなら、静かに読んでもらえませんか」

米川「お前、もうろくしとらへんか。静かにって、黙って読めっちゅうのか。黙ってたら、娘は話が分からんじゃないか」

山田「図書館だから、しょうがないでしょ」

米川「しょうがないとは何だ」

山田「皆が、迷惑しているんですよ。分からないんですか」

米川「ああ、分からないね。図書館は、本を読むところだ。そっちこそ、言うことがおかしいぜ」

山田「司書を呼びますよ」

米川「ああ、どうぞ」

   山田、立って貸出しカウンターに行く。

 

○図書館・貸出カウンター前

   山田が司書1に

山田「本を大きな声で音読している人がいるんですが、注意していただけませんか」

   司書1、山田に連れられて米川親子の

ところに行く。

 

○図書館・個人ブース

相変わらす米川は大声で娘に本を読み

聞かせている。

米川「そこで、おじいさんは竹を切ると、中から……」

司書1「あの、済みません、音読は止めてもらえませんか。周りが迷惑しますので」

米川「オンドク? 俺はただ本を読んでいるだけだ。ここは本を読むとこだろうが」

司書1「それは、そうですが、読むなら黙読してくださいませんか」

米川「モクドク? お前、ちゃんとした日本語喋れよ。ドクドクとか言って」

司書1「だから、声を出さずに本を読んでくださいって言ってるんです」

米川「また、コイツと同じこと言ってやがる。それじゃぁ、娘が分からないじゃないか」

   山田、司書に向かって小声で

山田「こりゃダメです。館長を呼んで来て下さい」

司書1「ええ」

   司書は館長を呼びに行く。

   周りで見ていた来館者は、再び自分の

読んでいた本を読み出す。

   山田は自分の個人ブースに座って、背

中を米川に向ける。

米川「なんだ、みんな俺の読書の邪魔しやがって……」

優菜「お父さん、続き読んでよ」

米川「そうそう。えーと、どこだったけねぇ」

優菜「おじいさんが、竹切ったって」

米川「そう、それでね、おじいさんが竹を切ると中からそれはそれは美しいお姫様が出てきました」

優菜「お姫さん、竹の中にいたの?」

米川「そうだよ。小さい小さいお姫さんだ」

優菜「へーえ」

米川「それで、おじいさんはお姫様を竹から出して……」

  館長が司書1に連れられて、米川のとこ

ろに来る。

館長「あの、私、当図書館の館長ですが、ち

ょっとお話がありますので、恐れ入ります

が、こちらに来ていただけませんか」

米川「なんだ、なんだ。今ちょうどいいとこ

ろだちゅうのに」

館長「いえ、すぐ終わりますので。済みませんが、こちらへご足労願えませんか」

米川「そうか、ま、館長さんが言うんだから」

   米川は娘といっしょに館長室に行く。

 

○館長室・内

   米川は娘を抱っこして、館長と向き合って、ソファに座る。

館長「可愛いお子さんですね」

米川「いやいや、やんちゃでね」

館長「お嬢ちゃん、いくつ?」

優菜「……」

米川「そら、優菜、いくつだった?」

   優菜、指を三本立てる。

館長「みっつね。可愛い盛りですね」

米川「ええ、まあ。……で、話とは?」

館長「ああ、いつも図書館をご利用くださいまして、ありがとうございます」

米川「いつもは来てないよ。今日は仕事が休みでね」

館長「左様ですか。で、私ども、図書館に来ていただいた方に気持ちよく本を読んでいただきたいと思っておます。それで、本を読むとき大きな声で読まれると、周りの人が気が散ってしまい、本を読むのに集中できないのです。お嬢様に本を読まれるのは結構なことですが、周りが迷惑しますので、もし読んであげるのでしたら、本を借りられて、お家で読んであげてくださいませんか」

米川「しかしね、あなた、どこにも声を出して読まないようにって張り紙がしてないじゃないですか。そうならそうと、ちゃんと張り紙をするべきでしょ」

館長「……はあ? はい、では、早速そうします。今張り紙を作らせますので。しばらくここでお待ちください」

   館長は館長室をでる。

米川は、娘に絵本を読み聞かせる。

 

○図書館・貸出コーナー

館長は司書2に指図して、大きな紙三

枚に「図書館では、声を出さないで本

を読んでください」とマジックで書か

せる。

 

○館長室

張り紙を持った司書2と館長が館長室

に戻り、張り紙を米川に見せる。

館長「仰せに従いまして、このような張り紙を作りました」

   司書2、張り紙を見せる。

米川「そうそう、こういう張り紙をしておくべきですよ」

館長「ありがとうございました。早速掲示します」

館長は司書2に向かって、

館長「じゃあ、これ、貼って下さい」

司書2、張り紙をもって館長室を出る。館長「ところで、この絵本借りられますか」

米川「うん、そうだな、借りるよ」

館長「では、貸出しの手続きをとらせていただきますので、こちらへどうぞ」

 

○図書館・貸出コーナー、館内

   司書2が張り紙をしている。

   館長が司書に貸出しの手続きをさせている。

米川は満足げに張り紙を見る。

   柱に「図書館では声を出して本を読まないようにしてください」と書いた張り紙がしてある。

   張り紙をアップ。

                 終

  

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